帰り道

夕陽の下で考え込んでいるうちに
僕は帰り道を間違えた
横断歩道の白線は
僕の脳みそのしわだった

いつの間にか僕は
半袖 短パン 鼻たれ鍵っ子
リュックのくすんだアップリケと
右肘のかさぶたを擦った

遠くから靴音が聴こえる・・・

街中の屋根を繋ぐ電線は
一本残らず鎖になって
そこにとまった鳥たちは
錆びついた喉で鳴いていた

一際長い鎖の先に
苔生した塀で囲まれた団地
そこから猫がじゃれあうような
女の子達の歌声が

あの子がほしいっ この子がほしいっ
相談しましょっ そうしましょっ

ああ なんて可愛らしい
胸をくすぐる音色だろう

顔も見えない子達に僕は
すっかり夢中になっていたけれど
きーいまりっ その言葉を最後に
塀の向こうは静かになった

何処かで電話が鳴っている・・・

空は真っ赤に星を隠したまま
ネオンサインが光り始めて
火照った夜のため息が
僕の足に纏わり付いた

寂しい気持ちで逃げ込んだ
トタン壁の古ぼけたバー
綺麗なママが乳を搾って
グラスを白く染めていた

さあさあお飲み 惨めな坊や
お腹が空いて 辛いのでしょう

ああ とっても美味しそう
愛と安らぎが混ざったカクテル

舌をめいっぱい甘くして
僕はカウンター越しに世界を見た
瞬きする度 ぶちぬかれた窓に
土手や展望台が映った

誰かが泣き喚いている・・・

いつの間にか僕は
昨日と 明日と その間の今日の
区別がどうにも出来なくなって
浮かび上がりそうな頭を擦った

夕陽の下で考え込んでいるうちに
僕は帰り道を間違えた
横断歩道の白線は
僕の脳みそのしわだった


23/02/10 21:53更新 / わたなべ
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