それでも夜は明ける
月を隠す程大きくなったあの子が、
傷だらけの両手を掲げて、夜に立っていた。
手首の傷からは、宝石の様な血が流れていた。
あの子の足元には、鼠の死体が転がっていた。
ねえ、君、もしかして辛いの?
辛いのなら、どうして泣かないの?
私、どんなに頑張っても涙が流せないの。
血なら、簡単に流せるから。
僕は、不器用に微笑むあの子を見つめながら、
母さんのことを思い浮かべた。
母さんは、僕を殴ったり蹴ったりした後に、
消え入りそうな声で、必ずこう呟く。
あなたを産んだ時、沢山血が流れて、
お母さん、死にそうになったの。
でも、あなたに会う為に頑張ったの。
あなたの為に頑張ったの。
人はみんな、簡単に産まれてしまったから、
簡単に死んでしまうのだろうか。
擦り切れた記憶の中の僕は、
涙を流す為に、大声で叫んでいたはずなのに。
血を流しきって干からびたあの子は、
微笑みを浮かべたまま、朝日に溶けて消えた。
鼠の死体も、あの子に続いて消えた。
僕は一人、夜明けに怯えて目を閉じた。
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