船旅

船出の時を知らせるのは
寝返りと 重く沈む瞼
錨は不意に引き上げられて
ゆりかごはまた遠く 儚く

やめろ やめろ
僕のふりをして乗り込むな

毒々しい輝きの満月と星屑
彼らが垂らした靴音やせせら笑いが
水平線の向こうに落ちて
生ぬるい波紋が押し寄せて

水面に映り込んだ無数の顔が
歯のない口を開けて待っている
潮騒のようなため息を
目尻から溢れ出す餌を

いやだ いやだ
胸をえぐられるみたい

けれどあの波がないのなら
穴の空いた帆を立てて
風の吹かない海原を
ただむなしく 見つめるばかり

あの輝きがないのなら
狂ったコンパスを頼りに
方角の消えた暗闇を
ただむなしく 漂うばかり

あの存在がないのなら
腐った感情を握りしめて
永遠よりも長い時を
ただむなしく 生きるばかり

どうして どうして
何も悪いことはないのに

夜毎繰り返す船旅は
震える心に 舵をとられて
幼い朝焼けを抱いたまま
ゆりかごはまだ遠く 儚く


23/02/10 21:26更新 / わたなべ
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