海に浮かぶ一匹のクラゲは、自分の毒に悩んでいました。
生き物に触れると、その生き物を腫らしてしまうからです。
腫れた患部は、激痛に襲われます。
けれどクラゲは、そんなこと望んでいませんでした。

クラゲは自分が怖くなってしまいました。
頭部に足をしまい、丸くなり堅く、自分を閉じ込めました。
しだいにクラゲの体は縮んでいきました。
今日も海の波に揺られ、無情に揺蕩うばかりでした。

男は愛する人を失いました。
男は彼女に、心の奥で凍りついていた、優しさを教わりました。
彼女の骨粉を、海の開いた大きな胸の上に流しました。

獣をくるむ雪のようだった精神の、粒子が海に、流れていきます。
小さく硬くなったクラゲは、ホタルイカに変わりました。
月明かりのような青白い光が、海底のヒトデを照らし出しました。

■作者メッセージ
人を心外にも傷つけることを繰り返してしまう僕を救ってくれたのは、傷つき果てた獣をふかふか包むような、貞潔で暖かい心をもったあなたです。彼女は、お互いに優しくいられる関係性をくれて、硬く縮こまってしまっていた僕を新しい道へと誘ってくれました。