洗剤の噴射口を押した
店舗にある焜炉の油にまみれた換気扇を
拭いてみることにした夜
古い歌を懐かしんで
付けた仮面を外す気持ちで

与えられた名前を解く過程が
秒針に乗る拍子を打ち出し
手袋越しの手触りを強調している
纏った油が
元から換気扇であった外観で溶け込んでいた

まずは洗剤の泡をなじませて

（がかがかっ…ぅぉーん）

思えば趣のある自動扉がひらく
深夜帯はよく聞こえる

夜更かしを楽しむ若者に
周りを警戒しながら入ってくる女
事情はそれぞれだろうが
ぽつりぽつりとお客がやってくるもので

応対する度にこちらは手袋を外さなくてはならないが
限られた条件下の顔見知りに向けた
眠気を孕む接客は案外
多くの人で賑わう混雑時よりも
澄んだ親しみを持っている自信がある

（最小限の動作であっても
利用満足度は高いらしい）

盛り付けはふくらみを持たせて
生姜焼き弁当と箸を一膳

簡単な店内調理をしてお客を見送ると
遠ざかっていた背景音楽が再び近くに感じられ

過去にちがう選択をしていたら
どうしていたとか
（うつらうつら）
何かに共感して
冴えている気にもなったりして

そこでは
水栓を開けて鍋を洗った排水や
湯気の定位がぼんやりと
肯定的に思い出したい残響を拾って
かたちを変える支度をしていた

もうすぐやってくる業務用のごみ回収と
空き缶回収を待っている間に
泡と油が剥がれていく

まだ夜は長い