ポエム
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キエフ クレセントムーン
君は知らないかもしれない。
この日の夜明け前の東の空に、クレセントムーン(三日月)がたたずんでいたことを。
クレセントムーンはなんともいえないほど悲しそうな輝きをしていた。

君はよく知っていると思う。
昨日のメトロは、行き交う人々でにぎわっていたことを。
でも、いま君は、メトロの階段に座っている。みんなといっしょに座っている。
でも、君は、地下鉄に乗るためにいるのでない。夜を過ごすためだ。
寒い夜だ。
ニューヨークやパリよりも北にあり、稚内よりも北京よりもはるか北にあるキエフが寒くないはずがない。ましてや暖房施設もろくに整っていない地下鉄の階段が温かいわけがない。地下鉄の階段は、通り過ぎるだけのためにあるのだ。

私には聞こえなかったが、君には聞こえたかもしれない。
大きな爆音が。
辛いことだが、私はこの爆音の意味を知っている。
ヘニチェスクに橋があった。
この橋は、多くの人が往来していた橋だ。昨日も往来していた。にぎわっていた橋だ。
でも、いまこの橋はない。
ウクライナの若者が、敵のキャタプラが通るのを妨げるために、橋を爆破したからだ。
自爆だった。
この若者も過去恋人とわたった橋を爆破したのだ。
この若者には逃げる時間がなかった。だから自爆することを選んだ。
昨日、橋を渡ったとき、まさか、この橋を自分が爆破することになろうとは、思いもしなかったに違いない。それも自らの命とともに。
言葉が見つからない。まったく見つからない。

私にできることはなんだろう。
私の國の東北の詩人は、
『北ニアケンクアヤソショウガアレバイッテツマラナイカラヤメロトイイ』
と歌った。

ヤメロヤメロヤメロ
私は何度でもいう。いつでもいう。どこでもいう。
ヤメロヤメロヤメロ

君は無力な私にも優しい。ただただ、祈ってくれという。
もちろん、祈る。
私は、東の空に向かって祈る。
君は、西の空じゃないかというだろう。
でも、私は東の空に向かって祈る。
私は知っている。西の空の先にもキエフがあるが、東の空の先にもキエフがあることを。

祈りは、パシフィックオーシャンを越え、アメリカ大陸で多くの祈りと合流し、アトリックオーシャンを越え、パリでさらに合流し、ロンドンでも合流し、ベルリンでも合流し、キエフに届くはずだ。

君は、いまは信じられないかもしれないが、私にも知っていることがある。
クレセントムーンはやがてハーフムーンになり、そして満月になるときがくる。
そんなに遠くない。
そう信じたい。いや、そう信じている。

私にできることはなんだろう。
なにかあるはずだ。
私にできることはなんだろう。


22/03/02 06:26更新 / 城崎 トモ



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■作者メッセージ
今一つかもしれませんが、どうしても声を上げたくて

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