ポエム
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くち
僕は産まれてくる前、神様に大きな木製の立方体を戴いた。どうやら僕以外には渡していない特別な物らしかった。けれども僕は、産まれてからそれを神様に戴いた事をすっかり忘れてしまった。誰の指示で、何のためにそれをするのかわからなかったが、日進月歩、僕は着実にその立方体を削り続けた。紙やすりで少しずつ。その日課は二十二年も続いた。自分でもわからないまま、二十二年かけて立方体の正体を突き止めた。中には鉄でできたカジキマグロのくちが隠してあった。くち以外切除した鉄のカジキマグロだ。僕は戸惑いを隠せなかったが、家の外にそれを捨てに行くことはしなかった。それをしてはいけないと体が知っていた。僕の部屋の中でくちは、奇妙な声でもって語りかけた。己が心臓に刃先を突き立てろ!と。全く恐ろしい事だが、その声を聴くと体が勝手に動き出し、ちょうど胸の中央より少し左側に刃先を持っていってしまうのだった。

僕は密室で話を聴いてくれる善良な人にこの事を相談した。てっきり、それは幻覚です、と精神病者扱いされると思っていたが、その人は僕に加湿器のような小型の機械をくれた。声を聴こえなくする物らしく、その機械を置いた日から、カジキマグロのくちは喋らなくなった。しかし、声は聴こえなくなっても自分の部屋に命を脅かす物が置いてあるだけで不安だった。僕はなんとか壊すか捨てるかできないか試みたが、何度やっても無駄だった。相談に乗ってくれている人は僕に被せ布をくれた。布を掛けていると、裸でそれが置いてある時よりか大分気持ちが楽になった。その日から、どうしてか知らないが急に料理に目覚めた。日に日に料理の腕が上達していき、僕は炊事にのめり込んで行った。お世話になっている会社の上司や同僚、家族にお弁当を作るようになり、人とのコミュニケーションが増えて、誰にも話すことのなかった自分の過去を共有する仲間もできた。僕の人生を変えたカウンセラーに初めてお弁当を持って行った日、帰宅してみると布で隠しているくちの形が少し変に思えた。布を剥いでみると、尖っていたくちが真ん中から折れていた。
24/10/17 00:01更新 / たろう



談話室



■作者メッセージ
気がついたら僕は、まるで呪いのように、二十二年かけて培われた罪業感を背負っていました。けれど詩作を通して、その罪業感を浄化することができるようになりました。詩は僕の悶絶に意味を与え、ひとりぼっちではないと思わせてくれます。

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