ポエム
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過去になっていく
海の底に沈んだガンガゼが怖くて、
僕は長いこと、海に入ることができませんでした。
友達は浅瀬で水を掛け合って、
太陽の雫のように輝いているのに。

そうこうしている間に、ガンガゼがどんどん増えていって、
海の底いっぱいに広がっているような気がして、
ついに僕は、海に入ることを諦めてしまいました。
海水の母のような呼び声や、
海面をなぞって飛んでいく鳥たちの優しさも感じていたのに。

幼い頃は、気にせずに海で遊んで、ボラやハギと戯れて遊んでいた僕。
ある時、つまり、ガンガゼの棘が足に突き刺さった時から、海に入れなくなりました。
どんどんヤツが太っていって、棘が伸びていくような気がして、
否、実際にそれは現実でした。

しかし今では、ガンガゼのほうが人間に怯えて、棘を隠すようになりました。
それは、浅瀬で無邪気に遊ぶ僕の友達たちが、
知らず知らずの間に、ガンガゼを脅かしたからです。
ドンバタドンバタと大きな音を鳴らして、
お前なんか怖くないぞと、石という石を、
さながら打楽器を叩くように、踏みしめていったのでした。

ガンガゼの脅威から逃れた僕は、
長い冬眠から目覚めた生き物たちのように、
海水の温もりを肌に感じ、
鳥たちのおかえりの言葉を蝸牛殻に響かせ、
がっちりと大きくなった体で、ボラやハギと一緒に、
伸びた手足を思いきり広げ、泳いだのでした。
24/05/10 12:37更新 / たろう



談話室



■作者メッセージ
 ガンガゼは怒り、海は未来の象徴です。
 僕には怒りに囚われ、自分でもよくわからないうちに大好きな人を傷つけてしまった原体験があります。こう言うと言い訳がましいですが、本当にどうしていいかわかりませんでした。自分の怒りに「襲われる」という表現が一番、腑に落ちます。
 その体験は、僕から未来を向く力を奪ってしまいました。
 しかし、大好きな友達との繋がりが僕を前に進ませてくれました。友達と一緒に、「怒りに囚われないでいる」関係性を築くことができ、僕には少しずつ、生きていていいんだという気持ちが芽生えてきました。

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