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サラとスズメバチ


サラは低所得者用の公営住宅に住んでいる
ある日、軒下にコガタスズメバチの巣ができていた
トックリ状の形をしていて
入口が長く下に向かって伸びている
サラには就学前の二人の娘がいた
年下の亭主は失業中で
アルコール依存症が進行していた
サラは役場に電話し巣の駆除を依頼した
防護服を貸すので自力で駆除するか、
業者を紹介する、もちろん費用は自己負担で、
と言われた
サラは家庭の状況をなるべく詳細に説明した
それでも何も覆ることはなかった
紹介された業者に電話をした
サラのほぼ五日分の賃金にあたる額を要求された
サラは自分で駆除することを決意した
役場で防護服を借りようとした
ついでに電話に出た糞ったれの役人の顔を見てやろうと思った
敗北感を味わうだけの気がしてやめた
二人の娘の面倒を亭主に頼み殺虫剤を買いにでかけた
(亭主は時々怒鳴り散らすことがあった)
(それでも暴力を振るうことはなかった、まだこの頃は)
ドラッグストアを三件回った
散々迷い、噴射式の最新式のものを買った
一番安いものの三倍近くした
それでも業者に頼むよりずっと安かった
駆除はスズメバチの活動が比較的少ない夜に行うことにした
日中、巣の様子を観察した
ハチの出入りは認められなかった
もしかしたら何らかの事情で
ハチは自らの巣を放棄したのではないか、
そんな淡い期待があった
夜になるとサラは長袖のシャツを二枚重ねて着た
ジーンズをはき、手にはゴム手袋をはめた
ただの気休めに過ぎなかった
娘たちには、決して家を出てはいけない、と言い聞かせた
亭主はアルコールに疲れ果てて眠っていた
その眠りが熟睡とは程遠いことは
サラにも何となくわかっていた
巣の真下から手を精一杯伸ばし
入口に向かって殺虫剤を噴射した
霧状の薬で辺りが真っ白になる
視界が晴れるまでしばらく待った
巣に変わった様子はなかった
やはりハチはいなかったのかもしれない
サラは玄関で身に着けていたものを脱ぎ、
薬を洗い流すためにバスルームへと向かった
翌朝、サラはほうきを持って巣を見に行った
サラはほうきで巣を突いた
と同時にハチの襲撃を恐れ十メートほど先まで走った
巣は崩壊し、ほとんどが地面に落ちた
近寄って覗き込む
縞模様の土状の破片や、巣の中身に紛れて
スズメバチの死体があった
巣の中には卵か幼虫か判別できない、
白いものがいくつか見えた
ハチの死に顔は安らかに見えた
「女でひとつで」という言葉が頭をよぎった
「女でひとつで」スズメバチは巣を作り、子育てをしていた
放っておけば事態が悪化することは容易に想像できた
いずれは凶暴な群れ形成する
それでも相手は
母親に成り立ての生身のハチ一匹だった
言い訳ならいくつも思いついた
わかっていた
それらが決して言い訳ではないことも
言い訳、と考えることが自体が
感傷に過ぎないことも
家の中から亭主の怒鳴り声が聞こえる
サラの名を呼んでいた
何度も何度も呼んでいた
幼子のように
救いを求めるかのように
 
23/09/09 08:15更新 / たけだたもつ



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