ポエム
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体温


エスカレーターに乗って下りていく
一定の速度で
後から呼吸は追いついてくる
道に迷わないよう
所々に掲示された簡易な地図を
確認しながら下りていく
同じ段にはザリガニもいて
甲殻類にも平日があると初めて知った
泳いでくる魚を捕獲しようと
物陰に身を潜めている
所々に設置された玩具のような窓を覗くと
色彩豊かな駐車場の車や
手や足で作業している人たちの姿が見える
前の段にいる女性の衣服の端が
ほんの少し風に揺れて
前の段に女性が乗っていると初めて知った
今日は初めて知ることばかりだね
と、真横にいる恋人に話しかけると
真横に恋人がいることも初めて知った
時折親切な人がいて、このまま直進ですと
道順を教えてくれる
隣の車線から特急列車が追い越していく
あれに乗れば速く行けるのに
と思うけれど
速さという苦しさを避けるために
このエスカレーターに乗ったはずだった
このまま、この速度で
どこに行こうとしているのか
人生はエスカレーターで下りるようものだ
そんな例え話ではなく
今ここでエスカレーターに乗っていることは
紛れもない現実に他ならなかった
ザリガニは泥のあるところに穴を掘り
新しい生活を始めた
これでザリガニともお別れなのだとわかった
やがて昔みたいに恋人とも
お別れするのだろう
手を握りしめる
お互いの体温が共有される
温かいね、という言葉を聞いて
恋人はもういないと初めて知った

23/07/18 07:15更新 / たけだたもつ



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