塩辛
わたしの洗濯機が洗濯を始めた
洗濯機は洗濯する音だけを立てて
幼い頃わたしが溺れたことのある海は
こんな音は立てなかった
玄関からだと遠回りですね、と言って
洗濯機を運んできた男の人は
雑草が見える窓の方から搬入した
帽子を被っていたけれど
服は着ていたはずなのに
色も形も思い出せないまま
洗面所の奥の方に設置して
ボタンの押し方や順序を教えてくれた
一通り作業が終わると
親切な人だったのに
海にでも落ちてしまったのだろうか
入ってきた窓から出て行ったきり
二度と帰っては来なかった
明日は父の命日だから
後で実家の母に電話をすることにした
父はイカの塩辛が大好物だった
あんなものばかり食べてるから早死にするんだよ
母は今年もまた
同じセリフを繰り返すのだろう
わたしの洗濯機は洗濯を終えると
溺れ疲れた人のように静かになった
塩辛に疲れ果てた父を思った