ポエム
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家電物語


01
冷蔵庫売り場で火遊びをしている少年のシャツは裏返っていて、肌がまぶしい。

02
扇風機の真似をする君が、今日は朝から羽が壊れて、うまく首が振れない。

03
アイロンの代わりにコンニャクをかけると、誰かが出口で待っていてくれる気がする。

04
生まれてからひたすら乾電池を食べ続けた男が最後の一本を食べ終えると、判定員は悲しそうに「参考記録」の旗を振った。

05
テレビの中から自分の名前を呼ばれている気がして振り返るけれど、まだ家に帰る上り坂の途中だった。

06
冷蔵庫の中から出てきた子供たちが行儀良く列をつくり、中庭でチューリップになって咲き始める。

07
空を飛んで行くドライヤーの群れを眺めながら、化粧の上手くなった君が生まれ故郷の見取り図を描いている。

08
掃除、洗濯、食事の用意など、家事すべてを完璧にこなす家事ロボットが開発され、しかも軽量・コンパクト化にも成功したのだが、唯一の欠点は、それでも全長三十メートルあることだった。

09
砂漠の真ん中で置き去りにされた室外機は、まだエアコンと繋がっていることを疑わずに、ファンを回そうとする。

10
近所の電気屋さんに「タイムマシーン売り切れ」の貼り紙が出てからもう七百年が過ぎた。

11
洗濯機にアメフラシが住み着いたので今日から洗濯物は紫色に染まります、と朝の家族会議で妻は口火を切った。

12
掃除機に鎖をつけて散歩をさせている男の背中から生えている翼は、空を飛ぶには退化しすぎているようだ。

13
ウイルスに感染したパソコンも母は叩いて直してしまう。

14
祖父の愛用していた鉱石ラジオを珍しそうにひと舐めして、オオアリクイは別の蟻塚を探しに行った。

15
このソフト、2と3では使えるゲーム機本体が違いますけどお孫さんはどちらが欲しいと言っていました?と店員に聞かれて、財布のお金を数えているおばあさんの手から落ちた手書きのメモが、人の足に踏まれてくしゃくしゃになっていく。

16
波打ち際の蛍光灯に海ほたるが付着して、やがてかつての団欒のような明りがぼんやり灯るだろう。

17
男は朝起きて電気シェーバーでひげを剃ろうとしたが、顔が無いことに気がついたので、仕方なく歯を磨こうとしたがやはり顔が無かったので、泣こうとしても泣くこともできなかったので、大好きな天気予報を見ることも聞くこともできなかたったので、念のため出掛けに傘を一本持って行くことにした。

18
とある電化製品の取扱説明書は先鋭な思想と美しい文体とで、世界的に権威の高い文学賞を総なめにしたが、製品の方は必要なネジやバネが無いなど欠陥だらけで、さっぱり売れなかった。

19
計算が苦手な計算機は家族が寝静まると、こっそり子どもの計算ドリルで特訓をする。

20
こたつに入ると中は雨降りだったので、人数分の長靴を買いに行くことにした。

21
「ごはんは レンジのなかにあるものを あたためて たべてください」と母親が残していった手紙の空いているところに、少女は今日覚えた花の名前を三つ書いた。

22
写真係の岡田君がカメラと間違えて冷蔵庫を修学旅行に持って来てしまったけれど、同級生はできるだけたくさんの思い出をその中に詰め、みんなで担いで帰った。

23
警察の発表によりますと、凶器は炊飯器のご飯で、口論の末かっとなった妻が夫の背中に炊きたてのご飯を放り込み、全治十日間の火傷を負わせましたが、食べ物を粗末にしてはいけない、と一粒残さず二人で食べたということです。

24
掃除機は空を見るといつも雲を吸ってみたくなるけれど、あそこまでどうやって行けばよいのか、近そうなのに自分だけとても遠くにいる気持ちになる。

25
テレビのような人がいて、人のようなテレビがいて、両方から夏に逝く虫の鳴き声が響き、それでもお互いに理解しあえないことだけが、たったひとつの救いだったんだろう。

26
結婚して初めて二人で買ったのがこのポップアップトースターだ、という父の嘘が、母の一番のお気に入りだった。

27
海に出ない日、海賊は家電量販店で食器洗浄器の実演販売をしているが、そんな時でさえも、むやみやたらに人を傷つけないという海の掟は絶対に破らない。

28
すべてのものはいつか必ず土に還るのだ、と信じて、古くなった家電たちは今日も自分の墓を掘り続けている。

29
炎天下、大型の家電を運ぶ配送センターの青年からアスファルトに落ちた汗の雫は一瞬のうちに蒸発し、明日はどこか他のところで誰かのための雨になるのかもしれない。

30
風に乗れなかった紙飛行機が一機、エアコン売り場の床に墜落している。

31
人々が衣服を汚すことのない世界を夢見て、洗濯機はひとり最終列車に乗った。

23/12/26 07:02更新 / たけだたもつ



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