空の切れ端
みかんをむいて父に食べさせると
ぼくはみかんではないのに
お礼を言われた
咳をするしぐさが
父とぼくは良く似ていた
植物に無関心なところも
石鹸で洗う指先の先端の形も
他に似ているところは特にないけれど
おかげでたくさんの人とすれ違っても
父の姿を探すことは容易だった
悔しくて泣いていた子供のぼくを
肩車したのは父だった
確かにあの日ぼくは
空の切れ端を掴んだのだ
記憶が劣化していく中で
今日は昨日より上手く思い出が語れない
かといって何も言わずに父を抱きしめるほど
距離が縮まったわけでもない
大好物のウニの瓶詰めが
食卓に並んだときのように
父がふと笑った
ぼくはウニではないのに
いっしょになって笑った