ポエム
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落とし穴



玩具のミニカーに乗りたい、と
息子が言うので
助手席に乗せてあげた
エンジンが無いと動かない仕組みを
なるべくわかりやすく伝えた
息子は勉学に励み
大人になって
ミニカーに搭載可能な
エンジンを開発したけれど
小さな車体に乗れないくらい
立派な体格になっていた
せっかくなのでエンジンを積み
一人で産業道路をドライブしていると
スピード違反で捕まってしまった
こんなことでも良い思い出になる
切符を切られながら
そう感慨にふけっているうちに
私を乗せた飛行機は終点に到着した
ようこそ、と空港のロビーで
息子が出迎えてくれた
半日かけて故郷のいろいろな所を
案内してもらった
原っぱの辺りを歩いていると
そこ気をつけて
息子が言った
それから続けて
落とし穴だよ、と笑った


もう走りたくない、と
バスが駄々をこねるので
背負って歩くことにした
猛暑日の中汗を掻きながら
ふうふうと歩いているうちに
やっと本当の
バスの運転手になれた気がした
そのまま営業所に辿り着くけれど
会社の人は皆
私のことなど知らないと言う
身分証を作って見せて回ると
やっとすべてを理解してくれた
それから十数年が経ち
他の人は退職してしまった
今日も一人でバスを背負って歩く
時々お菓子などをくれる人もいるし
運休日には温泉旅行にも行く
部屋に入ろうとすると
そこお気をつけください
若女将が言った
それから続けて
落とし穴ですのよ、と笑った


毎日、花壇の花に
水をあげているうちに
話し方を忘れてしまった
だから筆談で
水をあげるようになった
その一方で花たちは
いつもありがとう、などと
話し方を覚えていった
花のように綺麗に咲かない私は
そのうち文字も忘れて
筆談すらできなくなるのかもしれない
見上げればどこまでも晴れ渡っていて
空とそうでないものの境界線は
あやふやになっていく
花壇に隣接する敷地を歩いていると
その先、危ないです
花たちが言った
落とし穴でもあるのだろうな
ぼんやりとそう思いながら
一歩を踏み出す

23/10/30 07:07更新 / たけだたもつ



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