落とし穴
〇
玩具のミニカーに乗りたい、と
息子が言うので
助手席に乗せてあげた
エンジンが無いと動かない仕組みを
なるべくわかりやすく伝えた
息子は勉学に励み
大人になって
ミニカーに搭載可能な
エンジンを開発したけれど
小さな車体に乗れないくらい
立派な体格になっていた
せっかくなのでエンジンを積み
一人で産業道路をドライブしていると
スピード違反で捕まってしまった
こんなことでも良い思い出になる
切符を切られながら
そう感慨にふけっているうちに
私を乗せた飛行機は終点に到着した
ようこそ、と空港のロビーで
息子が出迎えてくれた
半日かけて故郷のいろいろな所を
案内してもらった
原っぱの辺りを歩いていると
そこ気をつけて
息子が言った
それから続けて
落とし穴だよ、と笑った
〇
もう走りたくない、と
バスが駄々をこねるので
背負って歩くことにした
猛暑日の中汗を掻きながら
ふうふうと歩いているうちに
やっと本当の
バスの運転手になれた気がした
そのまま営業所に辿り着くけれど
会社の人は皆
私のことなど知らないと言う
身分証を作って見せて回ると
やっとすべてを理解してくれた
それから十数年が経ち
他の人は退職してしまった
今日も一人でバスを背負って歩く
時々お菓子などをくれる人もいるし
運休日には温泉旅行にも行く
部屋に入ろうとすると
そこお気をつけください
若女将が言った
それから続けて
落とし穴ですのよ、と笑った
〇
毎日、花壇の花に
水をあげているうちに
話し方を忘れてしまった
だから筆談で
水をあげるようになった
その一方で花たちは
いつもありがとう、などと
話し方を覚えていった
花のように綺麗に咲かない私は
そのうち文字も忘れて
筆談すらできなくなるのかもしれない
見上げればどこまでも晴れ渡っていて
空とそうでないものの境界線は
あやふやになっていく
花壇に隣接する敷地を歩いていると
その先、危ないです
花たちが言った
落とし穴でもあるのだろうな
ぼんやりとそう思いながら
一歩を踏み出す