ポエム
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わたし
淡色のメランコリーで粘ついた空の下、喧しい蒸気機関車が管を巻くようにものうく走っていった。冬の風が雑踏を縫ってぼくの頬を撫でる。電光掲示板に目をやるとその方向から石倉がこちらに向かってきたのが見えた。彼は明らかに人目を引くような大きな鞄を背負っていた。
「よう、どうしてそんな大きな鞄を背負ってるんだ?」
「これはこいつらが逃げちまわないように閉じ込めてるのさ」
「なんだって?」
「逃げちまうんだよ。物ってのは。キップルって知ってる?あれは置いとくとそこらじゅうの物を、つまりキップルじゃない物をそういう役に立たない物に変えちまう。それと同じで物ってのは目を離すと逃げちまうんだよ。ここから逃げようってそこらじゅうの物に焚き付けてさ。」
「じゃあ、その鞄はさしずめ牢獄ってとこかよ?」
「そんな所だよ。カメラ、ペン、ピアノの椅子、毛布、リモコン、ホワイトホース、全部逃げちまった。残ったのはこれっぽっちさ」
彼はその小汚い鞄からパンや本を出して見せた。本のタイトルは「車輪の下」だった。
「そんな物もってどこに行くってのさ」
「誰にも知られない場所。誰も僕を知らない場所に行く。ここでは上手く泳げなかったんだ。」
「旅人みたいな言い草はやめろ」
彼は小さくはにかみ、そして踵を返し、群衆の中に消えた。ぼくはその瞬間、彼の背中にボードレールのいう奇妙なキマイラをみたような気がした。その大きな爪は彼の肩に深くくい込んでいた。彼はそれを牢獄と言ったが、囚人は物じゃなく、彼自身なんじゃないかと、ふとそう思った。キップルに怯え、キップルにまくし立てられ、両肩にその大きなキマイラを背負って、檻の外を夢見る囚人。
「お前は逃げきれない!何処まで行っても、この世の外であろうとも!」
ぼくは叫んでいた。
群衆の住人は、誰一人振り向くことは無かった。
21/12/27 19:24更新 / 阿呆



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