或る あつい日(SS)
それは、
なかなか眠れず、夜明けを迎える頃だった。
突然、思い浮かんだのだ。
クローゼットの中へ入ったら、
異世界へと行けるかもしれない…。
居ても立っても居られなくて、
僕は扉に手を掛けた。
扉を開けて、中へと足を踏み入れたら、
ドボンと水の中へ落ちてしまった。
最初は息ができなくて
僕は苦しさにもがいた。
でも少しずつ心が落ち着いてきて…。
ゆっくりと周りを見渡したら、
綺麗な草原が広がっていた。
まるで地の果てまで続いているかのように
何処までも、蒼く、蒼く…。
そこに。
あの子の姿を見つけた。
懐かしい…昔と全く変わらない姿の。
僕の心は舞い上がった。
草原は花で埋め尽くされていた。
彩り溢れた世界を、僕は走っていった。
もう一度話をしたくて、
走って、走って、走って、
無我夢中であの子の元へと走り続けた。
それなのに、
何故か一向に距離が縮まらない。
僕は焦った。
踏み抜いた枯れ草の、
カサカサという音が耳に障る。
それを振り切るように、
僕はあの子の名前を呼んだ。
しかし強い風が唸り声を上げて、
僕の声をかき消してしまった。
いつの間にか、
空から真っ赤な夕日が落ちてきていて、
一面を朱く染め上げた。
ゆらゆらと風に揺れる草は、
まるで炎のようだった。
そのまま風は、立ち止まった僕の元へ、
熱気と火の粉を運んでくる。
僕は絶望した。
燃え盛る地平線の中には、
まだあの子が佇んでいる。
僕は叫んだ。
でも声は届かない。
こんな時に限ってまた水が無い。
再び近寄ろうと足を踏み出した時、
高く上がった火が、
あの子を覆い尽くした。
その一瞬の間に、
こちらを振り向いたあの子が、
何かを言ったような気がした…。
燃え崩れた柱が、
僕たちを完全に遮断した。
気がつくと僕は見慣れた部屋にいた。
真っ白な天井を見て、
自分がベッドに横たわっていることを知る。
いつの間にか朝は過ぎ、
高く上った日が、
僕を焦がそうと照らしていた。
カラカラと乾いた喉が痛む。
相反してシャツはびしょ濡れだ。
起き上がると、
開けたはずのクローゼットの扉が、
しっかりと閉まっているのが見えた。
僕はシャツを脱いで、
キッチンへと向かった。
部屋の隅に大量に積まれている、
水入りのペットボトルが、
とても憎らしい…。
水道からコップに水を汲み、
一気に喉へと流す。
それを何度も何度も繰り返す。
しかし、どんなに水を飲んでも、
僕の乾きは癒えなかった…。
ポタポタと
床にしずくがこぼれ落ちた。