久雄の屋形船2 〜壁無き河口(ミライ)へ〜
「そろそろいい頃合いか。おい、久雄。操舵にぎってみっか?」
船長の墓次がある日唐突に聲をかけてきた
「ほ、ほんとですか!」
久雄は驚き満面笑顔でとんできた
屋形船の下働きになって速や2年
みてっか?じいちゃん、
俺なやっとな、船を操舵できるよ
隅田川の水面はきらきら鏡かる
白ぃ水海月がよらりよらり踊ってる
たまに奴らの明らかな骸も頼りなく
漂ってきてどこかむごく儚かなげだ
「おや、はじめての運転だね。久雄
ちゃん。良かったじゃない」
通り掛かった起重機船の甲板の上か
ら浅黒く肌の焼けた妙齢の女性が
屈んで操舵席見下ろし声かけてきた
二階堂の浮おば… んにゃ、おねいさ
んだ 未だ界隈で『起重機姫』と呼ば
れつづけている女性起重機作業者の
草分けで レジェンドだ
「まだ一時的に舵を預けられただけ
で全然ですよ!」久雄は照れてみせ
た あけた口の中の歯すこしは爽やか
に見せれたかな?
「すべてあんたはこれから次第さ。
あたしも最初は失敗三昧で叱られ通
しだったよ。でもめげんじゃない
よ。いつの日かあんたはきっと凄く
なる!つづけてさえいればね! 」
遠ざかっていきながら最後は声を
ふりしぼって叫びかけてきた
浮さんは彼女なりに何の根拠もない
ことばでも励ましてくれたらしい
そうした善き出逢いを重ねながら
人数少ない宴会団乗せた船は海側を
めざしてきめられた川の軌道を
旅だってゆく
すぐうしろでは墓次が鬼のような
面てを一層強ばらせて久雄の一投一
足の操作を厳格に監視している
するとおもわず操舵する腕が奮えた
川の両岸蕊に代る代る目をやると
新大橋そばのドッグランヤードで
愛犬を遊ばせている愛犬家たち
いくつもの趣むきのある水門紙芝居
川先に張り出さんばかりに隊ち塞が
る常盤の高層アパート群と洗濯物
慈悲に沈んだ表情で川の風光見守る
江戸の残り香が貌なす松尾芭蕉像
龍が如く川の景観を繰返しさえぎる
コンクリイト高速道路高架橋などが
つぎつぎと移り変っては斥っていく
やがて東京港にとびだす勝どき橋も
みえてきた夕映え雲の斜め光のした
やった!ここまでひとりで船を
携ってこれた!
久雄自身もおもわず勝鬨あげたい
高揚したきぶんだった
このまんま虹んぼぶりっぢの直下
潜ぐって橋桁見上げられるかな?
じぶんのみらいにもなんだか斑紋
やかなにじが架かってきたような
変てこな錯覚と二人三脚している
これはかれのオーラルトラジッシ
ョン なのだ