令冬紀
足利直冬は煩悶する
いったいどうしてこんな酷い
ことになってしまったのだと
後の時代に観応の擾乱とよばれる
一族の骨肉争う戦いである
実の父子や兄弟が二世代に渡って
互いに憎しみあっているわけでも
ないのに対立し
支持する武士団の先頭にたって
睨み対峙しあっているのである
ちょっとした立場の違い
行き違いが縺つれもつれて
複雑化しこうなってしまったのだ
もともとは足利一族の敵は
時の権力を握っていた北条高時の
鎌倉旧幕府一族だった
鎌倉と西国の京で同時に反抗の
狼煙をあげ北条氏が亡びると
敵は 数年して腐敗しはじめた
後醍醐帝の朝廷と公家貴族
それらを支える新田義貞や
楠木正成らに刷り変わった
間断ない逆転の相継ぐ興亡の
果てに果てしなく殺し合いが
繰り返されてようやく
足利の一族の主導のもとで
武士団がまとまりかけたと
思ったら 平和がくると思ったら
人間というものはほんとうに
嫉み 羨やみ 飽くことなく
いくさにまで踏込まなければ
組織の求心力を維持できない
社会的生き物らしい
最初は足利家の執事職を代々
担ってきた高師直・師泰兄弟が
後醍醐帝放逐後の新幕府体制の
中で勢力拡大をはかろうという
ほんのせせこましい野心の芽生え
からはじまった
その穢たなくなりふり構わない
施政に実直さでしられる新将軍の
弟・足利直義が反発
ところが何を考えたか兄・尊氏が
弟のほうではなく永年の部下たる
高一族の方についたのだ
もともと足利の嫡流尊氏の
庶子として生まれた直冬は
腹違いの嫡男・義詮の手前
尊氏の子として認められる
こともゆるされず
憐れんだ叔父・直義の一字を貰い
直冬を名乗って養子になった
ところが執事高一族と直義の対立に
巻き込まれ 高を支持した実の父と
刃を交える羽目となったのだ
そして実の父は父自身の実弟である
自分の義理の父・直義を謀ばかり
卑怯の汚名のもと毒殺した
足利の祖たる源の頼朝公が自分に
忠実に従った弟らにした仕打ちを
当り前のようになぞってしまった
直冬は振りかえる
庶子という頼りない立ち位置
七つ年下の弟で次期将軍の器・
義詮への遠慮とそれにも勝る
忸怩くたる想い
けっして憎いんじゃない
しかし燻すぶりそだつ暗い焔
羨望 嫉妬 嫉ねみが胸のなか
去来するそんな自分が厭になる
あらんかぎり賢明であろうと
気を配っている積もりなのに
父も恐らくそうだったのだろう
同族同士で争い合う殺し合う
そんなどぶ川のような歴史
つくるつもりはなかった筈
すくなくとも祖父貞氏から
家督を継ぎ前幕府に反旗翻す
ことを決断したときには恐らく
すすんだ人生が想い描いていた
ものと全く別の結末になるなど
当然のごとくやむを得ないのだ
直冬は壊れかけの床几で
疲れはてた身を辛うじて
支えながらおもった
自分の名は父の華々しい
初代将軍の栄光とは裏腹に
後世のだれにも振り返られる
ことなく沈んで散えるのだろう
ただの反乱者
一族の裏切り者として
それでもいい 冬 の一文字が
この生の最後の美を飾ろどり
凛 と鳴とのする冷節だけを
語り遺えてくれそうな気がする
そんな詩句を唇端に浮かべながら
小雪降り始めた曇り空を振仰いだ