ポエム
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光景
私は幼い頃から果物が好きだった
果物には幸せの匂いと味がした
そしてその後ろに広がる光景は
あのおばあさんの姿だ

母と兄と私 三人でのありふれた食卓
育ち盛りの兄はいつも晩御飯と牛乳をセットにしていた
私はそれを横目にしながら若干の胃のむかつきを消す為に
必死にお茶を流し込んでいた

週に一度晩御飯の後に母が私だけに「行くかね?」と
声を掛けて来る
兄は付いて来ない事は分かっている
母と夜出掛けるこの短い道のりが好きだった
この先にはあの光景が広がっているからだ
あのおばあさんの引いて来た荷台車がやって来る
小さな体に頬被り にっこり優しく笑うんだ

シンデレラも乗れそうなまるでカボチャの馬車を思わせる
大きな車輪 大きく広い木の荷台 その木枠の中に
所狭しと箱に並んだ果物達が
こんばんは 
安堵の夜となる
そこだけがキラキラと輝いて見えた
果物達を眺め選ぶ母の横顔はいつもより幾分か
安らかで優しい顔をしていた

「もう桃が出て来て美味しいよ」
「葡萄は白っぽいのがえいよ」
おばあさんは一言二言
「じゃあこれとこれちょうだい」
母が手渡し 計量器の上に 
「あんたもひとつ選んだら」と母からそう言われると
みかんをひとつおばあさんに手渡した
おばあさんは果物をビニール袋に入れて
「はい ありがとう」とにっこり笑う
宝石を袋に入れて帰る気分 果物の香りが
私を大きく膨らませてくれた
ありふれた食卓から繋がっていた魔法の道
光に満ちた景色 光景とは私にはまさにそれだった

そしてみかんを食べながらあのおばあさんが
小さな体で荷台車を引いて帰る姿が思い浮かんだ

私はあの頃の母と同じ位の年齢となった
娘を連れて行きたがったがもう叶わない

おばあさん 
苦しい時は不思議とあなたを思い出します。
乾いて弱った心に甘い香りと果汁を注いでくれる。

そして荷台車を引くあなたの後ろ姿は明日への一歩を
与えてくれるのです。
あなたのように微笑む事が出来るおばあさんに
なりたいのです。
21/08/17 23:36更新 / 檸檬



談話室



■作者メッセージ
長かったですね;-)
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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