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ただいまとおかえり その5
母親の声を聞いたのは
何年ぶりだろうか。

母親の事なんて忘れたい。
だから日頃から記憶の底に封印していた。
それでもやはり
母親の声を忘れることは出来なかった。

ヒロキはアキホを向いた。

「何で?
どういうことだ!?」

アキホがなぜ
母親のミユキとコンタクトを取ったのか。
自分を気遣ってのことだと想像出来たが
分かってはいても問い詰め方が強くなってしまう。

「…ヒロ君。タケシから聞いたよ。
タケシから起業の誘いを受けたんだよね?

ヒロ君からのプロポーズを断って
しばらくしてタケシから連絡があったの?

起業を一緒にしたいって誘ってから一切連絡が無くて
今、どうしているのか?って私に聞いてきて。

ヒロ君
本当はやりたいんじゃないの?」

なるほど。
タケシから聞いたのか。
だとしても。

「起業の誘いを受けたのは正直嬉しかったし
あいつとやりたい気持ちもある。

でも
アキホとの今後を考えたら無理だと思った」

「それだよ。
何で直ぐそうやって天秤に掛けて諦めるの?

大事なものを守るため?
私を守るために自分の気持ちを犠牲にする。
それが私には耐えられないの。
私はそんなの望んでないのに」

「それは…」

アキホの本音を
初めて聞いたような気がした。

よくよく考えれば
アキホを大切にすることばかりを考えて
彼女の本心を聞いたことが今までなかったと思う。

彼女がここまで
ヒロキの気持ちを察していて
こんな思いを抱いていたなんて想像もしていなかった。

そう思うと
申し訳なく思う。

「アキホ、ごめん。
そんな気持ちでいたのに気付かなくて。

お前も俺のことをそんなに
思ってくれていたのに。

それは謝るよ。
でも
だからこそ…」

「諦めるの?」

アキホの問いに
言葉が詰まるヒロキ。

「じゃあ
私からお願い。

タケシと起業して。
それが私の願いでもあるから。

ヒロ君がやりたいことを
私も全力で応援したい。

どんなことがあっても
ヒロ君と乗り越えたいの」

アキホはヒロキの手を握り
ヒロキを見つめてそう言った。

「アキホ…」

ヒロキは
どう選択したら良いか迷っていた。

アキホの気持ちは凄く嬉しい。
後は自分が決断するだけだ。

その決断が
なかなか下せない自分がいる。
なぜなら…。

「アキホ、俺
どうしたら良いか分らない。

自分でもよく分らないんだ。

本当に自分の気持ちに従って良いのかって」

「どうして?」

「今までもそうだったんだ。

自分の気持ちに蓋をして
その場をやり過ごすのが当たり前だったんだ。

アキホと出会う前から
子どもの頃からずっとそうで。

自分が何を感じて
何を思っているのかもよく分らなくて。

いや
分らないようにしてきたんだ。

そうじゃないと
あまりにも辛くて」

絞り出すように吐露した
自分の本音。

今まで封印してきた
辛い記憶と感情。

それを初めて
人に話した。

「ヒロ君。
やっと話してくれたね。
ありがとう。

それ
お母さんのことと関係しているよね?」

「え?」

不意に出てきた言葉に驚くヒロキ。

「タケシから聞いたの。

タケシから連絡があったとき
私達の関係がギクシャクしていることを相談して。

その時
タケシから貴方が
お母さんとのことで色々あったんだということを聞いたの」

「…」

「余計なことだと思った。

でも
どうしても動かなきゃ行けないと思って
貴方のご実家の場所とか連絡先を探してみた。

色々伝を頼って
やっとご実家の電話が繋がって。

最初は訝しがっていたけれど
事情を話したら
「私の携帯の番号を伝えるから
この時間に電話を掛けてきて下さい。
私から話します」とお母さんが言ってくれて」

「そういうことだったのか…」

まさか
自分のためにそこまでしてくれていたなんて。

でも…。

「お前は俺の何が分かるんだ?

俺の母親の何を知っているんだ。

仲直りさせたいのか!?」

アキホの自分への親切心が
どうしても自分の心をえぐる。

「お母さんに対して怒りがわくのは分かるよ。

私も最初
ヒロ君がこんな状態なのに
電話でしか対応しないなんて冷たいと感じたよ。

でも
お母さんは悪い人じゃ無いと思う」

「なんでそう思うんだ?」

「本当に何も関心が無かったら
後から電話するなんてしないよ。

それに
ヒロ君のお母さん
こう言ってくれたの。

「アキホさん、今までヒロキを支えてくれてありがとう。
これからもヒロキに『おかえり』を言ってあげて下さい」って」

「…え」

アキホの言葉を疑った。
あの人が
そんなことを言うなんて。

子どもの頃から繰り返していた
あの習慣。

「おかえり」と「ただいま」の繰り返しが
本当に苦痛だった過去。

あの人は
息子が日頃どう感じていたなんて
考えたこともないだろうと思っていた。

しかし
今のアキホの言葉から察すると
ヒロキの「おかえり」の言葉を
きちんと受け止めていたのではないだろうか?

「だからね。
多分
ヒロ君の気持ちも分かっていたし
だからこそ申し訳なく思っていたんだと思う。

だから
お母さんを許してあげ欲しい。

それが出来なかったから
自分の気持ちに従えなかったんでしょう?」

アキホは一瞬
俯いた。

見ると
涙が頬を伝っている。

アキホは再びヒロキを見て
真剣な面持ちで言った。

「私は
ヒロ君と幸せな人生を歩みたい。

だからこそ
ヒロ君が心から望む選択をして欲しいの。

何かを犠牲にしたり
諦めたりしなきゃ幸せになれないなんておかしい。

お母さんのことを許せなくて
同じ事をしてしまいそうな自分が許せなくなって
気持ちに蓋をするなんて私が許さない。

それは
ヒロ君のお母さんも同じだと思う。

そうじゃなきゃ
電話でヒロ君の背中を押すようなことをしないよ」

アキホの言葉を聞いて
ヒロキは
心の奥の塊が溶けていくような感じがしていた。

ミユキの
「ヒロキ、やりたいことをやりなさい」は
ぶっきらぼうだけれど
あの人なりの息子へのエールだったのだろうか?

そうなのだとしたら
自分はどう応えたら良いのか?

そんなの
決まっている。

「分かった。


タケシと起業するよ。

だから」

「ヒロ君

夢を叶えて下さい。

そして一緒に幸せになろう」

アキホはヒロキを抱きしめる。

ヒロキも涙を流しながら
アキホを抱きしめ返す。

「バカ。

お前から言うなよ。

俺の口から言わせろよ」

ヒロキは涙を流しながら
そう言って笑う。

2人はしばらくの間
抱きしめ合いながら
お互いの気持ちを確かめ合った。



ーーーーーつづく
26/02/24 17:49更新 / アキ


■作者メッセージ
第5話目です。

次で最終話です。

お読み下さりありがとうございます。

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