午前零時に綴る恋
夏休み、2人きりの教室。
やけに響くシャーペンと、教科書のページをめくる音。微かに聞こえる陸上部のホイッスル。
天井にある扇風機からは私に強く風が届くのに、斜め後ろから君の咳払いが聞こえるたび、君を感じて暑くなる。
勝手に何話そうかなんて考えて、勝手に独りで赤くなっていた。
火照った頬を右手で抑えながら、せっせと次の問題に取り掛かる。
――いつもこうだ。
いつのまにか止まってしまった左手を見つめながら、くるくると頭を回す。
君と出会ったのは、というか、君を知ったのは3年生に上がったときのクラス替えのとき。
教室の席は、今と違って私が君の背中を見つめてた。
――そしていつも君が振り向くのを待っていた。
君が誰にでも優しいのは知ってるし、私なんて視界の隅にも無いのはもっと知ってる。
でも、でも、心のどこかで否定してるの。私にしかあの笑顔は見せなくて、私にしかあの手は差し伸べてはくれないって。
背が高くて、猫背の君。
黒板消すの、手伝ってくれたよね。
皆んなの前で恥ずかしかったから、お礼もろくに言えなくてごめんね。
不器用だけど、一生懸命の君。
空回りしてばかりの私を、笑ってチャラにしてしまう。
ほんとは上手くやるはずだったのに、ごめんね。
――いつもこうなの。私は君を追いかけるばかり。いつも背中に謝ってばかり。
でもこうして後ろに君を感じるのは、むず痒くて、なにも手がつかなくなるから、案外このままでいいのかな。
呆然と見つめた教科書をめくって、私は私に帰っていく。君の咳払いがまた聞こえても、できるだけ、このままで。
残り少ない夏休みが、2人きりの教室を急き立てる。遠くでホイッスルがまた高らかに鳴っていた。