校舎・飛び降り【短歌50首】
第8回 中城ふみ子賞次席作品
「校舎・飛び降り」 工藤吉生
高校の四階建ての校舎から雪が溶け去りチャイム降り出す
マンドリン、マンドラ、マンドラセロ、ギター、コントラバスのわが音楽部
コントラバス略してコンバス体格がオレよりもいいオレの楽器だ
女子五人、男子三人ほそほそと集まり楽器つるつると弾く
同級生部員のあなたがあまやかに息をはじめるこの胸の中
噂には聞いていたけどどうしよう戻れなくなりそうな吊り橋
「こんにちは」「さようなら」しか話せないつづきは心の中だけで言う
いちじくを二つに割った形状のマンドリンはあなたに抱かれて
妬ましい奴だあなたのその指に押さえられつつはじかれる弦
コンバスの弦をフォルテではじいても口ごもってるみたいな響き
こんにちは 今の「こんにちは」を見たか聞いたか今夜はこれで眠れる
青い春 恋がこころに充満し好きでたまらぬたまらず好きだ
十七のオレの想いがつづられたルーズリーフの四枚四ツ折
ラブレター手渡すときの渾身のオレのことばのどもりうわずり
封筒を受け取るあなたがほほえんだかに見えたのを手ごたえと呼ぶ
これほどにオレはあなたを思ってるならばあなたはオレをどれほど
二週間返事を待って待ちきれずまちぶせをした朝の廊下に
目が合ったあなたは去った軽蔑に致死量があることがわかった
耐えられないすべて消したい恥ずかしい永久にどこにもいたくない
『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じた 壁に黒い靴跡
透明なナイフを自分の胸に刺す、抜く、刺す、もっとだ、もうゆるさない
とぶために四階に来てはつなつの明るいベランダに靴を脱ぐ
目を閉じて頭を下にして落ちた六十九キログラムの自分
空白は一時間弱 三階で守衛はオレを見つけたという
守衛の見たオレは涙を流しつつ廊下を歩いていたのだという
保健室のホワイトボードの落書きを見ていた心とりもどすまで
有耶無耶の曖昧模糊をただよってなつかしいなあこの世のからだ
病院に向かう車に押し黙る教師父親母親じぶん
アゴなどを数箇所強打した以外なにも変わらぬオレの現世
二日間休み再び学校へ行って自分の位置に着席
教室の机にひじをついている死ぬことだけを考えている
遠くからあなたを見れば惨めさがびっしり生えた自分と思う
部活には行かなくなったオレがドアを開けると笑い声が止むんだ
あの森は昼も真っ暗なんだよという声がしたほうに振り向く
ヘ音記号みたいにオレの魂はどこにも行けない形で黒い
灰色に曇る五月が六月にうつって雨が降り出してきた
六月の雨をあなたが駆け抜けてバスに乗るのを校舎から見た
さしだせばどうなったかと思いつつ自分のためにさす傘の紺
ぶざまブザマ無様がオレのためだけの言葉になるまで降れ笑い声
忘れずにいてもらうため死にたいとマジで思うし理解されたい
すれちがう時は互いが影になる 外にファイトのかけ声やまず
なげやりになってしまったオレの持つ槍のひとつに白い答案
ここまでの話を聞いた先生の返す言葉にうなずく午後は
教頭が「そんな話は古い」と言う珍しい茶を碗に注いで
心臓が、ひどく重くて、痛いです、どうして生きて、られるんです、か
苦しんでいるのはあなたのほうだろう変なおとこにつきまとわれて
夏までに秋までに死ぬ卒業をするまでに死ぬ死ぬまでに死ぬ
音楽部の演奏会の客席のオレにあなたの音がとどいた
コンバスはオレじゃなくてもできるという当然を知る生きながら知る
それからはもうそれっきり高校に夏秋冬がきて雪つもる
「校舎・飛び降り」 工藤吉生
高校の四階建ての校舎から雪が溶け去りチャイム降り出す
マンドリン、マンドラ、マンドラセロ、ギター、コントラバスのわが音楽部
コントラバス略してコンバス体格がオレよりもいいオレの楽器だ
女子五人、男子三人ほそほそと集まり楽器つるつると弾く
同級生部員のあなたがあまやかに息をはじめるこの胸の中
噂には聞いていたけどどうしよう戻れなくなりそうな吊り橋
「こんにちは」「さようなら」しか話せないつづきは心の中だけで言う
いちじくを二つに割った形状のマンドリンはあなたに抱かれて
妬ましい奴だあなたのその指に押さえられつつはじかれる弦
コンバスの弦をフォルテではじいても口ごもってるみたいな響き
こんにちは 今の「こんにちは」を見たか聞いたか今夜はこれで眠れる
青い春 恋がこころに充満し好きでたまらぬたまらず好きだ
十七のオレの想いがつづられたルーズリーフの四枚四ツ折
ラブレター手渡すときの渾身のオレのことばのどもりうわずり
封筒を受け取るあなたがほほえんだかに見えたのを手ごたえと呼ぶ
これほどにオレはあなたを思ってるならばあなたはオレをどれほど
二週間返事を待って待ちきれずまちぶせをした朝の廊下に
目が合ったあなたは去った軽蔑に致死量があることがわかった
耐えられないすべて消したい恥ずかしい永久にどこにもいたくない
『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じた 壁に黒い靴跡
透明なナイフを自分の胸に刺す、抜く、刺す、もっとだ、もうゆるさない
とぶために四階に来てはつなつの明るいベランダに靴を脱ぐ
目を閉じて頭を下にして落ちた六十九キログラムの自分
空白は一時間弱 三階で守衛はオレを見つけたという
守衛の見たオレは涙を流しつつ廊下を歩いていたのだという
保健室のホワイトボードの落書きを見ていた心とりもどすまで
有耶無耶の曖昧模糊をただよってなつかしいなあこの世のからだ
病院に向かう車に押し黙る教師父親母親じぶん
アゴなどを数箇所強打した以外なにも変わらぬオレの現世
二日間休み再び学校へ行って自分の位置に着席
教室の机にひじをついている死ぬことだけを考えている
遠くからあなたを見れば惨めさがびっしり生えた自分と思う
部活には行かなくなったオレがドアを開けると笑い声が止むんだ
あの森は昼も真っ暗なんだよという声がしたほうに振り向く
ヘ音記号みたいにオレの魂はどこにも行けない形で黒い
灰色に曇る五月が六月にうつって雨が降り出してきた
六月の雨をあなたが駆け抜けてバスに乗るのを校舎から見た
さしだせばどうなったかと思いつつ自分のためにさす傘の紺
ぶざまブザマ無様がオレのためだけの言葉になるまで降れ笑い声
忘れずにいてもらうため死にたいとマジで思うし理解されたい
すれちがう時は互いが影になる 外にファイトのかけ声やまず
なげやりになってしまったオレの持つ槍のひとつに白い答案
ここまでの話を聞いた先生の返す言葉にうなずく午後は
教頭が「そんな話は古い」と言う珍しい茶を碗に注いで
心臓が、ひどく重くて、痛いです、どうして生きて、られるんです、か
苦しんでいるのはあなたのほうだろう変なおとこにつきまとわれて
夏までに秋までに死ぬ卒業をするまでに死ぬ死ぬまでに死ぬ
音楽部の演奏会の客席のオレにあなたの音がとどいた
コンバスはオレじゃなくてもできるという当然を知る生きながら知る
それからはもうそれっきり高校に夏秋冬がきて雪つもる