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記憶にない幼馴染
 私の中に、記憶にない幼馴染の女の子がいる。記憶にないのに幼馴染とは一体どういうことなのか。私にもわからない。彼女との幼少期の記憶はないのに、私は彼女と幼馴染らしい。彼女と過ごした日々の記憶もないが、冬の海の防波堤を裸足で歩く、彼女の笑顔の映像だけが頭にある。
 ──これは、謂わばイマジナリーフレンドの一種なのだろう。
 彼女は存在しない。私の空想の中の存在だ。けれど、彼女と会話を交わすことも無ければ、交わしたという記憶もない。ただあるのは、彼女を最後に見た映像、それだけだった。
 学生の頃好んで聞いていた曲のラストに、「君が会いに来る」という歌詞があった。私はその曲を久々に聞きたくなって、ある日帰路につきながら再生し始めた。
 瞬間、見えない何かが私を包み、どこかへ連れて行ってくれるような感覚に襲われた。それまで見えていた景色が一面、銀河となった。そしてジワリと、彼女の存在が私の中に生じた。まるで、昔から私が空想していたかのように。途端に歌詞の中の「君」というものが、私にとって「彼女」になった。
 たった今生まれた彼女の存在が、なぜか懐かしく感じ、本当に存在していたかのように思えた。
 存在していた。私は自然にそう考えていた。どうやら彼女は失われた存在らしい。無意識の中で彼女の断片が少しずつ現れ、組み合わさっていく。私が意図して組み立てている空想ではない。
 私は私の中でひとりでに彼女の情報が増えることを恐れた。彼女の名前も、どうして失われてしまったのかも、知りたくはなかった。早く私に会いに来て、私を連れて行ってほしかった。私は彼女が迎えに来てくれるのを切に待っている。記憶にない空想なのではなく、甦らせるのに時間がかかる記憶なだけだと、向こうで彼女に逢って、擦り合わせたかった。幼いあの日に、彼女と笑って歩いたと、彼女の口から聞きたかった。
 向こうというのはおそらく、銀河のような感じなのだろう。あの日の帰路、ほんの一瞬彼女が見せてくれた向こう側の世界。銀河そのものではなく、彼女の心を通して見た、どこかなのだろうか。
 彼女に訊きたいことが次々と積もって行き、私は彼女に逢いたくてたまらなくなっていた。あの曲を聴けば、迎えに来てくれるだろうか。しかしそれは、開かない扉を無理やりこじ開ける行為のようで気が引けてしまい、あの日から私はあの曲を聴くことができずにいた。
 私はただ彼女が迎えに来るのをじっと待つことしかできない。
24/01/02 00:07更新 / 宮嶋美奇



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