現代の伝道師
彼はつねづね言っていた、いっさいは空である、と。
この世でどんなに苦労してもこの身にはなんのいいこともない。
人々は疫病に襲われ やがて克服するが それになんの益があるだろう、と。
けれどもそれを言い終わったときには彼の目が厳かに澄んでいるのを僕は見逃さなかった。
現代の伝道師たることを願った彼が死んでから十年が経った。
彼を葬った日には参列者もなく 弔いの涙もなかった。
これまた 何度も反復される事象の一つに過ぎなかった。
今ではこの現実性を直視する者すらなく
人々は思想という名の疫病に取り憑かれていき
一人倒れ 二人倒れ そして腐乱した臭気を撒き散らしていった。
腐敗した思想が蔓延した今でも変わらないのは 彼の言葉
とりわけ 太陽の下にはなんの新しいものもないという言葉は
死の日から何年たっても なにひとつ違わずに実現し続けた。
そして人々はこれからも なにひとつ新しいところのない生を続けていくだろう。