たった一人の心に
十年近く前だが、
誰にも知られず命を懸けたことがある
私は滑稽だったかもしれない
しかし、人に脅迫されて確かに命の危機を想像した
自分の信じることが大切だった
人のためにという自己犠牲の無風空間に立ったあの静寂よ
命がかかっているかな、と思ったから
すごい恐怖の波を経験した
だが、その波が少し納まると
私は自分の命をなぜか、その危機の荒波に放り投げて
その場に自分の存在を賭けてしまった
その時の孤独な選択は冴え冴えとして不思議だった
まあ、死んだなら死んだでいいかな
そんな結構さっぱりとしたそっとした諦めが
私の心を覆ったのを覚えている
時が過ぎて、あの時は本当にひどい目に遭った
誰も助けてくれず、悲惨で酷い経験をした、
という恨みのようなうんざりな心が今となっては残る
それが人の通俗なのだろうと思う
ただ、あの時、命を懸けた時の
冴え冴えとした寂しさと勇気を想えば
孤独の中で私という蝶が飛んでいた気がする
その蝶でしかなかった私の心の傍に
もう一匹の蝶が現れて私に羽で触れないかな
羽と羽が重なり光の中の笑い声のように衣擦れするのだ
そんな静かな願望がある
それは未知の経験の想像なのだ
心という門構えよ
錠前に差し込まれる鍵は海の底に眠る
勇者となって水底に潜りその鍵を見つける者の伝説よ
その蝶はどこにいるのだろう
白い光の空間に心だけで飛んでいる私という独りよ