うつろな夏
蝉が鳴き、夏は盛りに、亡者となつたわたしには、この夏が、とわにまわると思われた。
うつろうつろに、地面を見やる、蝶の死骸に、蟻の群れ。
紫の、美しい羽、下卑た手々が、引きちぎる。
蝶は、舞のとき、細心に美を演出していたにちがいない。こと切れる、その終りまで、自身を
統御していたにちがいない。
わたしの心は、わずかに揺れた。愚かなことに、わたくしは、かの女を、所有しようと欲したのだ。舞うことこそが、かの女の、本懐だつた、はずなのに…
なにを希おう、なにを望もう、わたしがなにをしようとも、蝶は舞う、蝶は舞う…
せめてかの女が、最期のときは、わたしの上に、安らつてくれるでしょうか?
よりかかる、あなたの|感触《ねつ》が、どれだけわたしを、|幸福《しあわせ》にしたことか、どれだけわたしを、純然にしたことか!
あなたのことを、自然なままに、愛することができたから、あなただけに、わたしの深奥
の、秘密の御酒を、捧げてやりたかったのに…
もはやひとりとして、自然なままに、わたしは愛することをしないでしょう。自然と愛すると
いうことにも、作為があると、気づいてしまつた。
けれど聞いてください。嘘を嘘だと、気づきながらもつくことは、そう簡単に、できることで
はなく、あなたを愛したいと、血を吐いたからこそ、果たせた、ことでして…
ちぎれた羽が、ぎらぎらと、夏の陽射しを反射していた、蝶はやがて、ちりぢりになつて、消
えてしまう。
蝉が鳴き、夏は盛りに、亡者となつたわたしには、この夏が、とわにまわると思われた。