ポエム
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春と夢
新宿駅で途中下車をして、少し出ると安い看板が見える

人ごみ駅ナカに透きみえる 宝くじやのお姉さん

鼻がしっかりしていて、萎んだくちびるにほくろが寄り添っていた

彼女のまつげが私の方を向いて、またすぐよそへいってしまう

ケイタイを取り出して、私の知らない曲をかけ始めたので

「誰の曲ですか?」

「…200円、買ってから。」

私はお姉さんに構ってもらいたくて、代金を支払う。けれど、お姉さんはくじを渡してはくれない。訳を尋ねると、

「私のふれたくじは、あなたみたいな子にふれちゃいけないの。でもお金は取るわ。あなたみたいな子からもね。」

「…」

「あ、この曲について知りたかったのよね。これはね、私が昔やってたバンドなの。下手クソだけど、今でもたまに聴きたくなるの。」

18の私は、年上に長話をされるのが好きだった。このお姉さんのくちびると、それと同時に動くほくろを見つめていたいと思った


春が終わったから、くじを売っている
冬が終わる前に死にたい


そういうふうなことを彼女は言った

「でも、冬を中断したらなにがはじまるの?」

「そんなのしらないよ。ただ、冬が消えればいい。冬が消えれば春の記憶だってなくなるし、…そう、私は春の安もの売りだったの。」

使い古されたくちびるが震えて、悲しく座るほくろがゆれた

「でも、音楽で季節をつくれるんだよ!お姉さんだって、死ぬなんてしなくても冬を断ち切って優しい季節をつくりだせるはずだよ。」

「あなたって、ばかだわ。こんなオバサンにそんなこと言って。」

もう帰って、と言いたげに机に突っ伏した。

気づけば日は傾きはじめていて、一緒に彼女の腕の白線は沈んでいった

余計なことを言ったなと思いながら、でも死ぬまで冬が明けないなんて、理解したくなかった



「…あなた、自分のことが嫌いだから他人に依存するのが好きなんでしょう。」

「わかるわ。昔私もそうだった。でも、何も意味がない。自分から逃げるためだけに人にもたれかかったり、尽くしたりするのは。」


毎日白いティーシャッツにジーパンの彼女は、美しかった

はじめて迷った彼女の手が伸びてきて

悲しそうに私に触れるのを諦めた

手の甲の線はまだ赤かった

いつも通り帰りの電車に乗り換えた

懸命に泳ぐ光が床にうつる

今日はメガネも忘れたから

はじめて彼女を理解した気がしている
25/05/19 18:05更新 / 深紺

■作者メッセージ
※妄想です

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