ポエム
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ある駅の記憶


私は駅。

田舎町にぽつんとある、さして電車の来ない駅である。

一日に一、二本来るか来ないか。

そんな程度の駅なのだ。

無論、利用客も少ない。

唯一の常連客は、とある一家だ。

若い夫婦に、一人の息子。

いつも幸せそうだった。

笑顔の絶えない家族だった。

彼らが来ると、この薄暗い駅にも明りが灯ったような気がする。





……ある日のこと。

雪の降る夜に、妻と息子だけが突然やって来た。

妻はうつむきながら、電車を待っている。

息子はしきりに母親へ声をかけるが、何も応答しない。

「ねえ、ママ。どうしたの?」

「………………」

「どうして二人だけで行くの?」

「………………」

「ねえ、どうしたの?どうしてなの?」


どうして、泣いてるの?



……電車が来た。

母親は息子を連れて、その電車へと乗った。

雪の降る闇の中、電車は静かに進んでいった。

後には、静粛だけが残った。





それから、数百年の歳月が流れた。

あの日以来、ぱたりと家族連れは来なくなってしまい、もうこの駅を利用する者は誰一人としていなくなった。

ただただ、電車が通りすぎるだけ。

……私は。

私は、何のためにここにいる?

誰のためにここにいる?

私は私として、存在する価値はあるのだろうか?

誰も来なくなった駅に、意味などあるのだろうか?






……そうして、次第に電車も来なくなった。

線路には草木が生い茂り、私の身体はひび割れていく。

誰もいない。

何もいない。

だがそれでも、私は心のどこかで、また家族連れがひょっこりと現れるのではないか?と、そう期待している。

あの時と変わらず、何も変わらないままで。

笑顔の絶えない家族のままで。



私は駅。

今も家族を待っている。










21/03/01 17:35更新 / すっとこどっこい



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