天使のキャンパス
むかし
おれがまだ幼い頃
母さんに、これを尋ねたことがある
“どうして、空は色が変わるの?”
“お昼は水色で、夕方は赤”
“そして、夜は黒”
“どうしてなの?”
“何が起きてるの?”
あのとき、母さんは
おれの眼をまっすぐに見つめて
こう返した
“天使がね”
“お前の見ていない内に、色を塗り変えているんだよ”
そう言われて
おれは、すぐに空を見上げた
夕焼け
空の色が、透き通る青から
燃えるような赤に
そして、深い黒へ移ろぐ
今まさに
天使が絵の具で、塗り変えている
あのとき、おれは
本当に天使が見えた気がした
果てしない、遥かな空が
天使のキャンパス
変わりゆく色が、その証明
それを、心から信じていた
信じられたんだ
母さん
おれはね
この話を思い出す度
どうにも、切なくなるんだよ
苦しく
寂しげな風が
胸の中に吹くんだ
そして、同時に
絶対に忘れたくない、と
この胸に、この言葉を留めたいと
そうも思っている
なぜだろう
なぜなんだろう
……ああ
ひょっとすると
唯一、あなたの言葉の中で
覚えているものだからかも知れない
あなたがたくさん言っていた
愚痴や泣き言は
もう覚えていないのに
ただひとつ覚えている
母の言葉
母の語った話
それは、天使のキャンパス
これは
おれの子どもにも、語りたい