悪口がコミュニケーション
「ねえねえ。またあいつさ、仕事失敗したんでしょ?」
「らしいよ。ヤバイよね、マジ無能」
「ね~!全然成長してないじゃん」
「仕方ないよ。だってねえ?“あの人”だから」
「クスクス、もうそれ諦めてるじゃん」
クスクスクスクス……
……我々は時に、他人を蔑むことで連携をとろうとする
『自分たちは、あいつより勝っている』
そう思うことで、自尊心を保とうとする
その心理を考えると
団結を最も早める方法は、『敵をつくる』ことであるのが分かる
明確な敵をつくることで、注目をそこに集めやすいし、連帯意識も産まれやすい
ヒトラーがした方法が、まさにそれである
第一次世界大戦で敗戦し、混乱していたドイツを『ユダヤ人』という敵をつくることでまとめあげた
しかしそれは、国家公認の残虐ないじめでしかなかった
結局、敵をつくって団結しても、それは自分たちの姿を客観的に観る力を失うことになる
しかし、虚しいことに
人の本質とは、中々変わらないのだ
誰かをいじめて、悦に浸る
集団の中にいるという安心のために、人を追い詰める
未だにこれは、なくならない
たとえば、悪口がその証拠
本人をいじめはしない
しかし、影では悪口を人と言い合い、安心感に包まれる
これがエスカレートすると
本人にも、とうとう被害が及ぶ
我々は、悪口でコミュニケーションをとろうとする
その本質は、ヒトラーとなんら変わりないのだ
この調子だから
歴史はまた、同じことを繰り返す
過去から学ぼう
でなければ、滅びる