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彼女と2人、ずっと雲を


晩秋の昼下がりに私は、色づいていたかどうかさえ定かでない林の、左小道を悠長に歩きアパートへと向かっていた。

現実をちゃんと見てなかったのは、世界が哀しいくらいにおおらかに揺れている気がしていたから。

肌寒い大気さえ感じられればよかった。厚手の紫のジャケットを着て歩いていると、夢見る惑星の夢を見た。

黄の混じった緑の葉が、ズームアップされた巨大な雫のように落ちる。すると大地には、薄緑色の大気が水面のようにたゆたった。林に抱かれるようにそれは健気に、そしてどこまでも厳かに延びていた。その薄緑の回廊に、またこの私が抱かれていた。

そこに一人の女の人が向かってきた。狭い小道の向かって左を、壁に沿うように一歩一歩、何かを確かめるように歩いてくる。とても悩ましげな気配がした。美しいと私は思った。キリッと束ねられたポニーテールの、その厳しい黒が、かえってその身体のうちに湛えられているだろう、おおらかに流れる情感のせせらぎを響かせているようだった。

その夕刻に、私は胸を穿つような寂しさに背を押されてケーキ屋に行った。親しくしてくれていたお姉さんの下へと夕焼けを駆けた。

白熱灯のくっきりとしたオレンジのさなかを、さざ波のよに笑顔が寄せた。薄紫のガウンに、褐色の頬。わたしは小さくなってしまった。甘酸っぱくて仕方がなかった。

そうして私はモンブランを手に、同じように林の左小道を歩いて帰った。女の人とすれ違った場所に近づいてくると、彼女とすれ違った折りのざわめきが甦ってきた。

儚く謙虚な、黄のモンブラン。それに迎えられると、葉蔭の妖精のようにひっそりとやさしく生きたいと思った。夜が深まるにつれ、女の人の情感の予感がふたたび胸を重く浸した。彼女もまた、小さいものとともにあるのだろうかと、私は手のひらで思案するように。

私たちはどこまでも広がる緑の草原にいた。もくもくとした白い雲だけが動いていた。夢見るようになごやかに、ゆっくりゆっくり動いていた。彼女と2人、ずっと雲を見つめていたいと、私は思った。



25/06/02 08:06更新 / はちみつ



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