熱帯の森で朱色の蛇を従える彼女は
弱いのに、いつも何かその小さな胸のうちに、人に決して譲らないものを抱いているよな女(ひと)だった。
じっとりとした熱帯の森で朱色の蛇を従える彼女は。
蛇はオスで、チョロロと舌を出すと小さな胸を葉で隠した彼女は左唇を上げて笑う。
シュルルと小さな身体を懸命に伸ばして、ささやかな木の階段を登って後ろを付いてきている主の部屋へと入っていく。清々しいくらいに何もない部屋で、それゆえにこそ彼女の均整のとれたボディラインだけが空間をスッと引き締めた。
"お友達の青い鳥さんは今日は来ないのね"と大して関心がなさそうに言う。"シュオオル!"とつむじ風を起こして抵抗してみせると、余った微風が、唯一外と内を繋いでいる開けっ放しの扉から外界へと吸い込まれていった。
それに影響されたかのように彼女はベッドから立ったのでなんとなく勝ったような気がしたものの澄ましたその表情が憎い、と表情をつくれない彼は胸のなかだけで苦笑い。前を行く彼女の腰つきを見ているとどデカい黄の蜂が浮かんだ、執拗に急降下してきては直前で(彼女から見て)右に避けるという児戯的な遊戯を繰り出し続けてくる。もちろんそれは空想のなかの出来事だ、しかし彼女由来だと分かっていてるがゆえ、彼女に非など微塵もないのに責任を取れと緑の焔がベターッと胸に広がり満ちる。
明日あたり満月かという満ち具合の月がいつしか煌々と光っていた。それで逆のように彼がその身体の褐色を強く意識した彼女は木の幹をうっとりと撫でて。それはまるでハチの軍勢を呼ぶ手指の歌声のよう静けさと、溶け合って茂みに真紅の眼光がギラリと光る、そんな大気が気だるげな夜から離陸する。
と、彼女の身体の右隣あたりから水色の蝶が現れた。
無限の距離に甘んじるほかない赤蛇の身へとヒラヒラ飛んできたと思ったら、スゥーッと左に掠めるように去っていく。
それが彼女そのもののような気がして、赤蛇は泣いた。