アンニュイな夢
1.
そよぎ来たる風の淡さを感じたくって彼女は、街灯の光をそれとなく見る夏の夕刻。風光が仄かに渦を巻く予感がして、なんだかここがフランスの田舎町のような気がしてきた。アンニュイな夢、と胸にごちた。心なしか、来たる車の走行音が静かに思えた。街路樹のこんもりとした緑の蔭で、いつのまにか夢を見ていた。
2.
護られてある私は柳腰(やなぎごし)。物憂げにしんなり左に右に、フラフラ揺れて、揺れる朝顔ソワソワ見つめる。"誰が植えたのかな?"となんでもないよなことが気になり出すと、気づけば"60歳の家"から抜け出た母に中空から睨まれている。あかたも自転車を避ける折りのよに、サッと左足を引いて右に寄る。もちろん(?)それで母の視線が消えるわけじゃない。それでも私は我関せずと、スッと華麗に右足を出して歩き出す。
3.
キラッキラの、茶髪姉やん凍てつく村にておでムカデ―猫みたいに逆さから着地し。切れ長の、瞳針葉樹たちその背に夢幻に―「ここ(村)に男はいないの」
風強く、吹き下ろすよな斜面を登り。丸太小屋。火。体育座り。同時に頭撫でられていて―「オ・ト・ナって、言ってみて?」「え?…」「ねぇ私、オトナの女に見えなくて?」―2mかと錯覚した凛、とスッと立って流れ行く晩秋のよなロングヘアに、逞しい背に隔てられた一対の実り―
今夜の晩はカレーライスかな…俯き翳った瞳にヌーッと、下からキツネ現れ見上げられた―と思うや姉やんだった。思えばキツネのよな顔だったなと、急に親近感湧き出して、思えばここはヨーロッパの北国なのだと思う。でも。でも姉やんは根っからの日本人女だ。それがなんだかとても不思議だ。
ハンガーにかかっている、コートの分厚さがその厳しさでもってテッカテカの、父の書斎をスコーンと中空へと押し出してしまった。なんだか父が哀れに思った。しかし、ともかく私は、これからはその代わりのようにいつでも"ここ"に来れるのだと悟った。
4.
「ただいま」
「おぅ愛果、お散歩はどうやった?」
「まあまあ、気持ちよかったって感じかな?」―
チキン南蛮を尻目に自室に上がりかけると、
「ちょっとご飯できてるのよ~!」
「(うっさいうっさい!)ごめん、待って…」
「ど、どしたの愛ちゃん!?」
「私ちょっと悩み事が、あるんだ」
「いつでも聞いたるよ」と胸を叩く父
「ホントごめんね、ちょっとのあいだだからっ」
今度こそ愛果は自室へと辿り着いた。
"上手くやったじゃない?"
"エヘヘっ"
"いーい?愛ちゃんはとにかく、「しおらしい娘」を演じ切ることよ。演じても演じても胸のうちの芯は変わらないってこと、あなたはもう知ってるでしょう?"―
―"キャアっ!"
"エヘヘのへ~"
豊かな晩秋の栗を収穫したような、そんな心地を愛果はおぼえた。もちろんそれを、晩御飯にするわけにはいかないのだけど。
そうして彼女は、階下へとゆるやかに足を踏み出していた。