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黒いリボンの彼女

笑ってしまうのだけど、雪など降ってはいなかったそれも初夏だったにもかかわらず、この胸のうちでは、プラットホームを歩く彼女の背景をなしていた空には、牡丹雪が点描されたような淡さで光っている。

それはたしかに小さかったが、またたしかに牡丹雪であったから、もしもプラットホームの屋根が取り払われるなんてことがあったならば、あまたの牡丹雪たちはすぐさま彼女へと、いわゆる量産型ファッションにその身を包んだ胸の小さいあの彼女へと降りしきり、あの黒リボンを際立たせた輝かしき一枚の画幅を象って、僕をひとしきり立ちすくませたに違いない。

黒いリボンのアメリカ娘、黒いリボンのアメリカ娘と僕は歌う。もちろん北アメリカなんだけど、それは断じてシカゴやニューヨークなんかじゃなく、と僕は思い浮かべている彼女が、カナダにほど近いささやかな田舎町の駅で、屋根のない端っこに出て一人、白雪と戯れている情景を。

彼女は黒く輝く髪をしていた。冬に椿が放つようなしっとりとした艶やかさを、カラッとした5月の大気に負けじとしかと放っているその黒い光を、僕はたしかにこの目で見ていた彼女は、その襟元を律儀に彩る格調高い(と僕には思えたし、そんな雰囲気こそが北アメリカの田舎町へと僕を運んだのだけど)黒い蝶の、その気品すら必要としないほどに、すでに完成された女の娘(こ)だったのだと、なんだかあきれるしかなかったようなため息が、いつの間にか唇から出ている。男にしてはぽってりとして、ときにだらしない風に見られかねないようなタラコ唇から、フワ~ッと緩やかに口腔を撫でた末に空へと、いまこの散文を書いているのは薄緑色のカーテンを閉めた白い天井の部屋なのだけど、青い青い空へと昇っていくよな夢を見ている。完璧でありながら小さく可憐な、オトナだけれどコドモな彼女(そうだ彼女は背が低かった)が、遥かなるアメリカの朝に佇む雄大な夢を。

黎明を、いかにも年代物の、やはり格調高い、四角い顔のカッチリとした列車が、仄暗い大気に一対の光を放ちながら近づいて来る。

そして突飛だということは承知ながら、彼女はそれを大地の呼び声だと思うんだ。もちろん、列車は警告音を鳴らすことがあるけれど、あくまでその一対の光に触発されて彼女は、いわば聖なるものと禍々しいものの結婚を見る。

牡丹雪たちの象る白の群れと金色の道は、すでに交差していた。そしてそれは良くも悪くも、もう決して以前には戻らないことを彼女は悟る。

中空に敷かれたきらびやかな金色の、その残光の道に彼女は立った。黒い羽が背から生え、それはみるみるうちに伸び広がった。左側の口角が引きつるように歪み上がった。しかしそれこそは、天使のそれのように対称的な瞳を引き立たせるために、この世界が用意した悪戯、計算された気まぐれのような悪戯なのかもしれないと、ただ呆けたように彼女を見ている。黒いリボンは決して揺れることはなどなく、相も変わらず彼女の襟元に、頑固なマグネットのようにピタリと貼り付いていた。

25/03/10 21:12更新 / はちみつ



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