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『僕はもう君の、夢の話を聴くことすら』
白いワンピースの袖口が、綿雲の下にひらひらと揺れていた。けれどなんて純白だったろう!君の二の腕はもっともっと白かった…春の朝を船はゆるやかに出航していた。桟橋を息を弾ませ駆けてきた君の、発熱した頬の、その薔薇色でこの胸はいまも染まっている。
ねぇ、僕は君との別れを苦にしちゃいないよ。だって君はあの町に祝福されているんだから。
花屋のボビーじいさんの顔の皺をよく見たことがあるかい?北国に行くということもあるのかもしれないけれど僕は、どうしてだかじいさんがずっと冬を生きていたかのような感覚を抱いてるんだ。あるいはそれは、可哀想なくらいに曲がっちゃってる背のためでもあるかもしれない。
じいさんは君が生まれるずっと前からこの町で花々を愛で続けてきた。絶え間なく哀しげな風の音(ね)が鳴る日々のさなかに、じいさんはカサついた手で一つ、また一つと、あたかもそれを通して自分を慈しむかのように、色とりどりの花の花弁をひっそりと撫で包んできた。おかげでときに木枯らしに吹かれ、ときに氷結さえしながらも、花々は決してその優しい本性を忘れなかった。
君が生まれる少し前に、石畳の雪のムースは溶け去っていった。すると待ち焦がれていたかのように、花々はいっせいに香りを町へと解き放った。春の息吹に吹かれながら、そうして君は温い青を夢見て咲いたんだ。
このいま僕は見つめている。黎明のさなか静かに町角に佇んで、ありし日に後ろ髪を引かれながら有明の月に、吸い込まれるように見入る君の姿を。それは涼気のわたる夏の日のこと。
君は石畳に裸足になって、夢を見る。それは浜辺の巻き貝の夢で、風の渦巻く洞に君は、すっぽりと体育座りなんかしてるんだ。君を包む壁の銀が鈍く光っていて、君はどこでもないようなどこかを見ている。
"君はどこを見ているの?"と、僕はこのいま夢中の君へと問いかけたくって仕方がない。それがもしも叶うならば、君はやはりじっと黙ったままでいて、頬は心なしか哀しげに、そっと翳ることでしょう。
僕はもう君の、夢の話を聴くことすら叶わないんだ。風はその健気な頬を、一体どんな風にざわつかせるのかな。そうして銀の光沢へと開かれる素肌は。
髪は肩口から背へと流れ、あさへと儚く溶け入っていた。水色が澄みわたり始めると、唇は切ない夢を象るように開かれた。
あどけなかった、君の歌。このいま小指で水をかくよな姫君の、木々の目すらも意識しているような恥じらい。
遠いいつの日かのあさに、あの町角に一人帰って夢を見ようか。同じように裸足になっても、君の家の方角へと振り向くことはせずに。そうしてそっと祈るように、"君"との、その遠大な合間を吹きわたる風を感じては、ただ君がどこでもないような場所から泳ぎ来たる情景だけを、甘い夢を見るように泳ぎ来たる情景だけを、夢見ようか。
白いワンピースの袖口が、綿雲の下にひらひらと揺れていた。けれどなんて純白だったろう!君の二の腕はもっともっと白かった…春の朝を船はゆるやかに出航していた。桟橋を息を弾ませ駆けてきた君の、発熱した頬の、その薔薇色でこの胸はいまも染まっている。
ねぇ、僕は君との別れを苦にしちゃいないよ。だって君はあの町に祝福されているんだから。
花屋のボビーじいさんの顔の皺をよく見たことがあるかい?北国に行くということもあるのかもしれないけれど僕は、どうしてだかじいさんがずっと冬を生きていたかのような感覚を抱いてるんだ。あるいはそれは、可哀想なくらいに曲がっちゃってる背のためでもあるかもしれない。
じいさんは君が生まれるずっと前からこの町で花々を愛で続けてきた。絶え間なく哀しげな風の音(ね)が鳴る日々のさなかに、じいさんはカサついた手で一つ、また一つと、あたかもそれを通して自分を慈しむかのように、色とりどりの花の花弁をひっそりと撫で包んできた。おかげでときに木枯らしに吹かれ、ときに氷結さえしながらも、花々は決してその優しい本性を忘れなかった。
君が生まれる少し前に、石畳の雪のムースは溶け去っていった。すると待ち焦がれていたかのように、花々はいっせいに香りを町へと解き放った。春の息吹に吹かれながら、そうして君は温い青を夢見て咲いたんだ。
このいま僕は見つめている。黎明のさなか静かに町角に佇んで、ありし日に後ろ髪を引かれながら有明の月に、吸い込まれるように見入る君の姿を。それは涼気のわたる夏の日のこと。
君は石畳に裸足になって、夢を見る。それは浜辺の巻き貝の夢で、風の渦巻く洞に君は、すっぽりと体育座りなんかしてるんだ。君を包む壁の銀が鈍く光っていて、君はどこでもないようなどこかを見ている。
"君はどこを見ているの?"と、僕はこのいま夢中の君へと問いかけたくって仕方がない。それがもしも叶うならば、君はやはりじっと黙ったままでいて、頬は心なしか哀しげに、そっと翳ることでしょう。
僕はもう君の、夢の話を聴くことすら叶わないんだ。風はその健気な頬を、一体どんな風にざわつかせるのかな。そうして銀の光沢へと開かれる素肌は。
髪は肩口から背へと流れ、あさへと儚く溶け入っていた。水色が澄みわたり始めると、唇は切ない夢を象るように開かれた。
あどけなかった、君の歌。このいま小指で水をかくよな姫君の、木々の目すらも意識しているような恥じらい。
遠いいつの日かのあさに、あの町角に一人帰って夢を見ようか。同じように裸足になっても、君の家の方角へと振り向くことはせずに。そうしてそっと祈るように、"君"との、その遠大な合間を吹きわたる風を感じては、ただ君がどこでもないような場所から泳ぎ来たる情景だけを、甘い夢を見るように泳ぎ来たる情景だけを、夢見ようか。