ポエム
[TOP]
もののあはれ
 彼女を見るたび僕は自分が、あたかも奈良の都にいるかのような錯覚に陥る。美人というのとはちょっと違うけれども仏像のような、そんな気品ある顔立ちをしていて、僕はそれこそもう何百回と、その慈愛に溢れたお顔を―不謹慎にも―盗み見していることになるはずだ。
 でもね、わざわざ奈良化なんてしなくたって、実は僕の町は松坂という、いわゆる"もののあはれ"を論じた本居宣長さんが生きていた、そんなすでに風流な町だったりするんだ。ただ少し込み入った事情はあって、というのは、宣長さんは仏教というものに対して、大陸から来た不純なものだという否定的な認識を持っていたらしくて、そうするとつまり僕のしていることというのは、本来相容れないはずのものを一緒くたにするという誤ったことなのかもしれない。
 けれど実際の感覚的なところとしては僕にとり、―宣長さんが強く支持していた―神道も仏教も、等しく「風流」という語の下に仲良く並べられるものであり、それゆえ僕は彼女を通して松坂と、奈良の都を二重写しのようにして見ているのだし、まさしく奈良や平安の時代からの"風"が"流"れるというその、時空を越えた壮麗なたおやかさのさなか佇んでいるとなんだか、一枚の梅の花の周りを巡り続けるような儚さの、そのさなかに彼女が波のように浮かび上がっては消えるような、そんな切ないイメージビデオのただなかへと、比類なき切実さでもって胸を投げ出したい気持ちに駆られちゃったりするんだ。
 友達には笑われてる―「お前は姉貴がいないから、年上の先輩を過度に理想化しちゃうんだよ」ってさ。先輩、先ぱい、せんぱい…いや正直に言うとさ僕はもう、その「せんぱい」って言葉の響きだけでご飯何杯も食べられますって程度には彼女に、鈴原あずさ先輩にときめいちゃってて(汗)
 ねえ、1個上ってだけでどうして、あ、あんなに身体がいやらしく見ちゃったり、するのかな?(笑)誤解のないように付け加えるけれど、それはもちろん、たとえば胸が大きいとか腰がくびれているだとか、そんなハッキリ目に見える事物について言ってるわけじゃあないんだよ?それなら同級生にもグラビアアイドルみたいなのが幾人かいるし、それに彼女、胸はふつうに小さいんだ、ここだけの話(笑)僕が言ってるのはつまるところ、そこはかとなくその身体全体から漂ってくる色香のことさ。
 あっ、でもあずさ先輩、脚はめちゃくちゃ綺麗だな。うん、そこは否定はしない(笑)彼女があの、寸分の隙もないようなしとやかさで近づいてくる折の胸の高鳴りを、ほんとうに君も体感することができたらいいのにと思う。けれど!なんということでしょう、あずさ先輩には男が、それもひ弱な僕なんかとは比べ物にならないくらいに逞し〜い彼氏がいてたり、するんだ。いやこれ、本当の話。 
 ここでもう1回、さきの話に戻ろうと思う。つまり彼女のその歩くという所作が、あまりにも完璧だって話に。でも完璧なのは脚の運びだけじゃないんだな。あれは牡丹雪がしんしんと降る冬の昼休みだった。僕は部の用事でたまたま、当時2年だったいまの3年の教室へと向かっていた。するとそこにあずさ先輩がその、ロシアのバレエ団の女優さんでも不可能ってくらいに優美に歩いてきていたところだったんだけど、少し遅れて、つまりあまりにも白磁のような太ももが美しくって遅れるしかなかったんだけど(笑)、そうして目に留まったのは彼女のその、両の手で抱きかかえるようにしてノートを持っているそのニュアンスだった。 
 胸が締め付けられるような切なさの稲妻に僕はもう、脳天がかち割れてしまったのかと思ったくらいだった。特段優しい顔をしていたわけじゃない。むしろ涼しげだったくらいで。でも、だからこそそこには、たとえようもなく高貴ななにかへの予感が満ちていた。湛えられたその慈愛がほんのりと切ないことで逆にかえって、この胸にはのっぴきらない切なさが濁流みたいに流れ込んできたんだ。
 その少し前の日に彼女が、くだんの逞しい彼氏といるところを見ていた僕には、しかしまだ驚く余地が残っていた。もっというと僕はほとんどもう必然的に、さきの高貴と、そして性という、一見相容れない2つを結びつけざるを得ない状況にいたことになる。
 そんな"体験"は初めてだった。雪はすでに止んでいたけれど、大地には表皮のような雪が残っていた。斜めに足跡が続いている―まるで異界から使者が訪れたかのような、そんな規則正しさで。月光の下、それらは明かされて在りながら、この世界に存在しているいかなる影よりも妖しいのだと、僕は思った。
 ひとえに雪に調律されたかのような、あたかも荘厳な葉擦れとでもいうべきザラつきに、僕の耳は浸されていた。顔を上げると、果たして彼女の2本の脚があった。雪より白いはずなどない。しかしその仄かな、仄かな紅は、闇夜に咲き乱れる梅の花のその、高貴で艷やかな紅を想わせた。燃えるような紅の、その夢幻のさなかから、無防備な彼女の太ももがぬっと前へと投げ出された。目眩のままに僕は立った。荒波のさなかに、2人は泡沫のごとく溶け去った。
24/02/15 12:28更新 / はちみつ



談話室



■作者メッセージ
https://www.breview.org/keijiban/?id=12300

↑のコメント欄に書いた作品の1つです。ひと連なりの物語の1つなので、興味持たれた方はぜひ、他のものも読んでみてください。ただ痛々しいものが多いです(笑)ちなみに、ちょっと文意のとれないところがあったので改稿しています(汗)あとそれから、いまは北九州(市)に引越し済みです。引越したばかりだったりするんですが(笑)

TOP | 感想 | メール登録


まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35c