ポエム
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「別の仕方で」
店に入ってカゴを手に歩いていると、美しい身体に目が吸い込まれていた。それは女性で、背筋がしゃんと伸びている様は優美きわまりなく、それはうなじの健康的な褐色へと至り、その総体は彼女の雌(あえてこう言おう)としての"強さ"を表しているようだった。たとえるなら、若かりし頃の柴崎コウのような。目が合うや逸らされていた。それは"あなたに興味はありません"の合図だった。

僕の自信のなさが現れるのはこういうときだ。僕は自分が雄として弱いということを改めて突きつけられた気持ちになる。いつも人にへりくだってばかりの自分が情けなくなるとかいう以前に、この人とは(彼女とは)容姿の"張り"のようなものが根っこから違っている―そんな感じを受けるのだ。僕は一目で彼女が、自然そのままに気高い人間であることを見てとった。それは強さであり、落ち着きであり、そして"ほどよい"センチメンタリズムだった。その強くかつ洗練された隙のない瞳は、まるで星の明滅のように、つかの間弱みや哀しみに実に優雅に浸ったかと思うや、再び見開かれたときにはすべては明日への強靭な糧になっているのだ。彼女は"ぐずる"などということとは無縁の、高貴な人間であるかのようだった。

女の子が来て、風船もらったよと言う。え、ホンマに?やったやん。そう言う彼女のそのトーンはやはり洗練されていて、隙がなかった。そこへ父親が歩いてきた。彼は20代前半らしき彼女よりあきらかに年長に見えたが、実に落ち着いた雰囲気の男だった。精神が安定していることが、その口ぶりやゆっくりとしながら堂々とした所作から伝わってきた。"彼女にふさわしい男"というフレーズを、胸のなか辿りかけて止める。それは空しくなるだけだから。

彼らは僕とは違う―帰りしな、僕はそう自分に言い聞かせる。彼らに圧倒されたのは事実にしても、僕は僕で、「別の仕方で」世界に関わっていけばいい。それだけのことだ。それはこの世界に震えながらも、この自分を、世界と人とに繋げるための言葉を探り続ける道だ。吐く息の白さを感じながら、薄明かりのさなかに、そっと懐中電灯を照らすみたいにして。



21/08/14 12:40更新 / 桜庭雪



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