ポエム
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この冬の終わりの1日を
コンビニにイヤホンを買いに行こうと思い立ったとき、僕の胸中には億劫さしかなかった。スマホを見ると外は7℃と寒くて、震えながら外を歩く自分の姿しか想像できなかった。

でもいざ意を決して外に出たときには、僕はそんな世界の冷気にすっかり適応している自分に気づいたのだった。

やれやれ、と僕は自嘲する。いつもこうなのだ。僕はいつも行動する前に過度に不安になる。そしていざ足を踏み出してみると、すぐにそれが杞憂だったことに気づくのだ。このサイクルを、生まれてから今までいったいどれくらい繰り返してきたのだろう?なのに僕は学習しない。この月曜の早朝の今も、今日からまた新たに始まる労働の日々への不安に震えている。

イヤホンを買った僕は、ついでに日課であるウォーキングもこなしてしまおうと、リュックを背負ったままいつものコースを歩いていたのだけど、一本道に差し掛かると舗装中になっていて、塗り立てのアスファルトの匂いが立ち込めていた。僕はそれを避け、家々を挟んだ1つ向こうの道へと歩いていった。

道に入るや、僕は目を奪われていた。そこには、このうえなく優しい住宅路とでもいうべき景色がまっすぐに伸びていた。そのときは意識しなかったのだけど、いま思い出してみるに、道の両隣に並ぶ家々にはすべて庭が付いていて、それがあの優しさを醸し出していたのだ。木々に囲まれた森の住み処のような家、愛らしく可憐な花々が飾られたおしゃれな家、設置されたバスケットゴールだけが目につく簡素でクールな家。それぞれの家がそれぞれに、各々の歴史をそれとなく語りかけていた。そしてその最中にはこじんまりとした公園があった。果てなき人生を歩んできた老夫婦のためにしつらえられたような、冬の木々に囲まれたベンチ―

この胸を気持ちよく広げて、僕は自分のアパートへと帰ってきた。するとちょうど駐車場に白と黒の鳥(ハクセキレイ)がちょんちょんと歩いていた。かと思うや、華麗に舞い上がってアパートの屋根に止まって、チュンチュンと鳴いた。彼(彼女?)はこの冬の終わりの1日を目一杯生きる意志を歌っているように、僕は思った。

(3月に書いたものを一部編集したもの)
21/08/09 15:27更新 / 桜庭雪



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