この胸を優しく瑞々しいもので浸し、そうして
かなわないなと思う人が2人いる。それは、今の職場の1歳半年上の同僚(僕が今35の手前だから、彼は36ということになる)と、1年半前まで2年間働いていたa型作業所で僕(たち)の支援員をしてくれていた5歳下の女性だ。彼らはともに、周りのほとんどみなから慕われている。僕は彼らがカメレオンのごとく誰とでも波長を合わせる様を見るたび、胸の底から諦めと羨望の入り混じったため息をつくのだった。
先に僕は彼らのことを"カメレオンのごとく"と言った。でもそれはけして大げさな比喩じゃない。
36歳の彼は、僕に対してはどちらかというと理知的な話し方をする。けれど僕と違い表情豊かな人と話をするとき、彼はまるで顔で会話をしているがごとくなのだ。
支援員の彼女だってそうだ。彼女がある女性の利用者と話していたとき、僕はまるで"大きな女の子"が2人いるかのような錯覚を覚えたものだった。それは彼女たちが、互いに交換しても分からないんじゃないかというくらいに似通った笑顔―それも弾けるような笑顔―を見せていたからなのだけど、それを見るたび、利用者の彼女がちょっとうらやましかったりした。そんな彼女にしても、僕と話すときは表情は控えめで少し理屈っぽいという風に、スタイルはがらりと違っている。もっともそこはやはり女性らしいというか、共感しつつの分析とでもいうべきポイントから外れることはないのだけれど。
僕は彼らのその表情に、ありあまるほどの生気を見る。それを見るたび僕は、手を伸ばしてもけして届くことのない星を見るときのような憧憬を感じてきた。感情なくして表情はないことを思えば、彼らの豊かな表情は、そのままに彼らの豊かな感情の現れに他ならないだろうからだ。
彼も彼女も、本当に表現できないような表情をする。溢れ出しているものが表現を越えているのだ。それは表情が持つべき柔らかさというものを、完璧なまでに体現しているように、僕には見える。
そして僕にも多々見せてくれてきた、曖昧でいながらえもいえぬ趣に富んだあの、掴まえようのないようないくつかの表情。それらはまるで泉から湧き出す清らかな水のようだと、僕は思う。
先に僕は豊かな感情と紋切り型の表現をしたけれど、その豊かさとはつまるところ、さまざまな起伏を見せたかと思えば流れ去っていくような、そんな水のような滑らかさなのだろう。彼らはいわば、この世界というものに対して、人というものに対してどこまでも自然なのだ。
僕は静かに目を閉じて、そうして彼らの色々な表情で胸を満たしてみることがある。それはいつも、淡く朝日に煌めく川の上流の水のように、この胸を優しく瑞々しいもので浸し、そうして名残惜しげに流れていく。この世界の不思議さを、人というものの不思議さを、彼らは僕に教えてくれる。
先に僕は彼らのことを"カメレオンのごとく"と言った。でもそれはけして大げさな比喩じゃない。
36歳の彼は、僕に対してはどちらかというと理知的な話し方をする。けれど僕と違い表情豊かな人と話をするとき、彼はまるで顔で会話をしているがごとくなのだ。
支援員の彼女だってそうだ。彼女がある女性の利用者と話していたとき、僕はまるで"大きな女の子"が2人いるかのような錯覚を覚えたものだった。それは彼女たちが、互いに交換しても分からないんじゃないかというくらいに似通った笑顔―それも弾けるような笑顔―を見せていたからなのだけど、それを見るたび、利用者の彼女がちょっとうらやましかったりした。そんな彼女にしても、僕と話すときは表情は控えめで少し理屈っぽいという風に、スタイルはがらりと違っている。もっともそこはやはり女性らしいというか、共感しつつの分析とでもいうべきポイントから外れることはないのだけれど。
僕は彼らのその表情に、ありあまるほどの生気を見る。それを見るたび僕は、手を伸ばしてもけして届くことのない星を見るときのような憧憬を感じてきた。感情なくして表情はないことを思えば、彼らの豊かな表情は、そのままに彼らの豊かな感情の現れに他ならないだろうからだ。
彼も彼女も、本当に表現できないような表情をする。溢れ出しているものが表現を越えているのだ。それは表情が持つべき柔らかさというものを、完璧なまでに体現しているように、僕には見える。
そして僕にも多々見せてくれてきた、曖昧でいながらえもいえぬ趣に富んだあの、掴まえようのないようないくつかの表情。それらはまるで泉から湧き出す清らかな水のようだと、僕は思う。
先に僕は豊かな感情と紋切り型の表現をしたけれど、その豊かさとはつまるところ、さまざまな起伏を見せたかと思えば流れ去っていくような、そんな水のような滑らかさなのだろう。彼らはいわば、この世界というものに対して、人というものに対してどこまでも自然なのだ。
僕は静かに目を閉じて、そうして彼らの色々な表情で胸を満たしてみることがある。それはいつも、淡く朝日に煌めく川の上流の水のように、この胸を優しく瑞々しいもので浸し、そうして名残惜しげに流れていく。この世界の不思議さを、人というものの不思議さを、彼らは僕に教えてくれる。