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愛すべきシンプルさ(改)
自分がさまざまなことに思いを巡らしがちな人間だからだろうか、いかにもシンプルに生きているといった感じの人(特に女性に多い気がする)に、このうえない新鮮さを感じることがある。

さきに僕は"シンプルな"と言った。直訳すれば"単純な"になるけれど、2つのニュアンスはかなり異なっている。僕は"シンプルな"という表現に、透き通った純真さのようなものを託したつもりだ。

彼女たちは世界をどんな目で見ているのだろう?彼女たちは淡々としているように見える。でもそれはけして豊かさの欠如などではあり得なくて、そこにはいわば別の形の豊かさがあるんだろう。思うに彼女たちは、世界というものとの接点がこのうえなく滑らかなんじゃないだろうか。僕は彼女たちから、静かな透き通った水の流れのようなしとやかさを感じる。

実はこのエッセイは、かかりつけの病院の受付の女性とのひとこまから思い付いたのだった。あるいは、彼女が受付という、やはりシンプルと言うにふさわしい職種の女性だったことも、シンプルさということについて連想するきっかけの1つだったのかもしれない。

昨日の朝のこと。病院に行くと、僕はいつものように診察券と保険証を出す。見るといつもとは担当が違っている。僕は彼女をしかと見た。同年代ほど。素朴で、落ち着いた朗らかさを持っているような女性に感じた。

帰り。薬を薬剤師さんから受け取って歩き初めたとき、彼女がカウンターの右から向かって歩いてきながら声をかけてくれた。

「○○さん、精算機にカード忘れてましたよ」

僕は「あっ、すいません!」とカードを受け取って、戻りかけた彼女に「危なかった」と笑いながら目配せをした。すると彼女は微笑んでくれたのだけど、そこには実に愛すべき―そして深みのある―シンプルさがあったように、僕は思ったのだった。

それは仄かでありながら柔らかいものがたしかに伝わってくる、そんな笑みだった。それは一瞬のあいだ僕をしかと見つめたと思うや、いつ視線が外されたか分からないくらいの流麗さで流れ去っていた。ささやかさにかえって胸はじんとしてくるようだったけれど、その頃には僕ももう出口へと向かい始めていた。



ついでに言うと、そのとき初めて、僕は彼女のことを綺麗だと思った。
21/07/19 12:08更新 / 桜庭雪



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