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マルク・シャガール「青い翼のある振り子時計」


マルク・シャガールは僕がもっとも好きな画家だ。そしてこの絵は、シャガールのあまたある作品のなかでももっとも好きな作品の1つだ。

不思議な絵だと思う。空を飛んでいる時計に、なにより目を奪われる。けれどじっくり見ているうちに、悠久の時というものを表すには、そう表現するしかないのではないかと思えてくるから不思議だ。というのは、遥かなる時というものを僕たちが想像するときというのは、おそらく漠然とであれ空を思い浮かべているだろうからだ。だから、時が翼を付けて飛んでいるという構図は必然的な表現なのだと、胸にしっくりと収まるのだろう(しかし、なんという美しい青だろう)。

けれど面白いのは、青い翼の時計はあくまで―徹底的なまでに、と言うべきだろうか―平面的に描かれているということだ。それゆえ僕は見るたびに、悠久の時の流れというきわめて空間的であるはずのものが、圧縮さた平面として表現されていることに驚く。もっと言えば、結局のところ、この絵の達成というのはそこにこそあると言えるのかもしれない。

それにしても、このやや暗い絵には、しかしなんという優しさが滲み出ていることだろう。左下の袋を背負った老人らしきものを見ると僕は反射的に憐れみを感じるのだけど、やや遅れるようにして、しかし彼はほかでもなくこの世界に、薄暗い冬に、恵まれていたとは言えなかった人生に、憩っているのではないか―そんな思いが兆してくるのを感じるのだ。

時計のなかに埋めこまれたように描かれた若き日の熱い抱擁も、いまでは夢のようでしかない。けれどあの頃と同じように花々は鮮やかに咲いていることを思うと、老人の胸はこのうえなく和やかになった。今朝暗い空を見上げたときに名前の知らない大きなオレンジの鳥が飛んでいたことを思い返すと、少年の日に戻ったような気がした。我に返ると粉雪が舞っていることに、彼は気づいた。
21/07/31 12:35更新 / 桜庭雪



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