ポエム
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「お元気で!」
今日は有給休暇で、僕は昼過ぎに、1年半前まで働いていたa型作業所に電話をした。目的は、そこで働いている、僕(たち)の支援員をしてくれていた5歳下の女性と話すことだった。実は僕はここ最近、何度も作業所に電話をかけていたのだけど、運悪くその度ごとに彼女は納品に行っていたり有給だったりでいなかったので、結果として、僕の記憶が正しければ、今回の6回目にして初めて彼女と話すことができたことになる。

ところで、2ヶ月近く前の電話で、僕は彼女にここの僕のページを教えた。僕は2ヶ月前に作業所を訪れて、彼女と1時間少しのあいだ話をしたのだけど、そのときのことをここに超短編の私小説として書いたのだった。それは僕にとってもっとも思い入れのある作品の1つとなり、僕は彼女に読んでほしいという思いを止めることができなくなった。どんな反応をされるか正直不安だったのだけど、彼女はあっさりと"読むわ!"と言ってくれた。そして今回、僕が彼女に電話したのは、ほかでもなくその感想を聞くためだった。

ただ、今回はタイムリミットが15分と短かった。最初12時20分に電話したのだけど、所長さんが出て、彼女は弁当を買いに行ったところだということだった。45分くらいなら食べ終わってると思うと言われたのだけど、僕は急いていて44・5分ほどに電話をした(待てなかった(苦笑))。

さて、話した内容だけど、僕は「ようやく繋った(笑)」と言って彼女と笑い合うと、間髪入れずに「作品読んでくださってありがとうございます」と、朗らかに言っていた。その後15分のあいだ、会話はその朗らかさを引き延ばすようにして進むことになる。

正直を言うと、僕はもうちょっとしんみりしたものを予想していたし、いまにして思えば、そうなればいいと心のどこかで思っていた気もする。それというのも、僕の書いてきた作品は朗らかというには程遠いものがほとんどだからだ。

たぶんだけど、もし3、40分くらい時間が取れたなら、彼女は諸々の作品の底のような部分について語り出してくれたんじゃないだろうか?そこにはもちろん、僕の内面の核のようなものがある。しかし僕自身の数少ない経験から言っても、話の頭からいきなり内面を明かし合うようなことは、まずない。人の内面に踏み込むということ―それには、だんだんとそこにゆっくりと降りていくような、言うなればそんな"手続き"が不可欠なのだろう。互いにそれとなく軽いトーンでのやりとりを続けていくうちに、いつしか深い内面を語り合う互いの準備は整えられていく。それはいわば互いの心の"熟成"のようなもので、内面を語り合うことを目指して、―たとえばそれとなく誘導するような語りを通じて―その時間を若干早めることはできるだろうにしても、無理やり語り合いに移行すようなことはたぶんできはしないのだ。

もっとも、僕にはそもそも深めようと意図する余裕などてんでなかった。これも不思議なのだけど、とくに久方ぶりの電話というやつには、ある程度広くひととおりの話をしないと後味が悪くなるという、そんな法則のようなものがある。それゆえ僕は、そもそも作品の話ばかりしているわけにはいかずに、むしろ身近な話題をとっかえひっかえ語ることになってしまったのだった。

結果、僕は十分に彼女から感想を聞き出すことはできなかった。だから電話を終えた後、なんだか拍子抜けしてしまってぼうっとなってしまった。

でもこうしてこの後記を書いているいま思うのは、楽しみを後に後に取っておくというのも、また通らしいというか、こんなことを言うと自分はなんのエキスパートを目指しているんだろうかと自嘲したくもなるのだけど、なんだか自分、案外ほんわかとしていていいなあ、と、思うのだった。

「お元気で!」と、僕は最後に彼女に言うことができたのだけど(そのトーンがいまも胸に響いている)、そのために今日の話のすべてがあったのだと思えば、さらりとしすぎているように思った慌ただしい会話も、そうそうあるものではない、実に得難い爽やかさだったのかもしれないと、そんな風に思えてきている。

なんといっても、時間を見ながら最後に僕が作品に話を戻し、「これからも1週間に1回くらいのペースで書いてくつもりなんで、また思い出したときに読んでもらえればうれしいです」と言うと、彼女は「チェックするわ!」と力強く言ってくれたのだった。

自分の作品を身近に読んでくれる人がいるということの幸せを、僕はいま噛みしめている。そしてそれは、明日の日々へとゆったりと続いていくのだ。
21/07/14 17:08更新 / 桜庭雪



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