ポエム
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彼は僕のことをクズと言った
むかし僕は痛々しく荒れていて、周りの人たちに多大なる迷惑をかけたことがあった。彼に直接損害を与えたわけではなかったけれど、彼は僕のことを"クズ"と言った。すれ違いざまに、氷のように静かに冷たく。

いまでもときどき、彼に人生そのものを否定されているかのように感じることがある。いまの僕のちょっとした負の振る舞いや心の動きが彼に、あの日々の蛮行に関連付けられ批判されている感じがしてしまう―"まだまだ、反省しきれてないな"と。

たとえばそれは、女性への偏見などがそうだ。女性はすべからく優しくあるべきという固定観念が強すぎるのか、少しでも冷たい感じのする女性には、自分が特に迷惑を被ったわけじゃないのに、気づくと憎しみを募らせてしまっているときがある。そんなとき僕は思う。もし彼が今の僕の心を覗いたら、やはりいまなお言うんじゃないだろうか―"クズ"と、やはり静かに冷たく。

そんなとき、僕は自分のことを、傷心の旅人のようにイメージする。僕は、冷たい風が頬に吹き付けるに任せ、どこでもないような場所を眺めている。傷を負った日々からずいぶんと遠くまで歩いてきたその事実に、しみじみと感じ入っている。

そんな空想のなかで、空想のなかの僕の胸のなかに彼がまた現れる。彼はやはり"クズ"と言う。僕はあえて否定はしない。それはできやしないのだ。 僕は答える―ええ、僕は相変わらず"クズ"かもしれません、と。

風は相変わらず冷たい。けれどそれはたしかに動いている、僕の周りをさまざまなリズムで包むようにして。それはほかでもなく、この世界がたしかに動いていっているという証だった。

「罪を背負う」ということは、少し重い。でも罪は、僕を忘れてくれはしない。ならば僕は歩いていこう。罪を思い出しては、対話をするようにして。

いつの日かも僕は問いかけているはずだ―あの日々から僕は少しでも変われたかな?と。まだまだだな。でも、この点はがんばってるし、この部分もあと少し・・・

聖人君子になりでもしないかぎり、「罪の残り香」はけして消えはしない。彼も生涯、僕の前に現れ続けるだろう。そのたびに僕は、彼と、罪と、終わりなき対話を続けていくことになるはずだ。

それでも僕は、これからも、行く先々で色々な人に笑顔を振り撒くことができる。そのことを、僕はひとつの奇跡のように感じている。そして、返ってくるだろう、彼の笑顔。彼女の笑顔。それはきっと僕に、あの日々とはなんら関係のない、純粋でまっさらな悦びを贈ってくれる。
21/07/07 19:42更新 / 桜庭雪



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