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あまりに鮮やかな表象
夏を思い起こすとなると、僕がいの一番に思い浮かべるのは、木影で涼む女性とセミの大きな合唱、その2つが一体となった光景だ。彼女は暑いから影にいるのだろうか?もちろんそうなのだけど、僕にまるで、セミの声がなんらかの作用を彼女に及ぼして、彼女を影で涼ませている風に思えて仕方がない。セミの声には、そんなたしかな実質ようなものがある。耳にこびりつくようなあの音―

記憶のなかで一羽のセミが鳴き始める。夏が広がっていく。

たとえ一羽のセミが鳴いているにすぎなくても、あるいは一羽だけの鳴き声だからこそ、それは吸い込まれるようにして耳に染み入る。そのざらついた音色に胸がざわついた瞬間に、僕らはすでに夏に出逢っていたことを思い出すだろう。

セミの声→夏→暑い→日陰→ジュース・・・。そんな連想ゲームのようにして、僕らはいつの間にか動いてしまっているのかもしれない。

セミという小さな原始的な生物―それもただ一羽の―が、人という種の胸に、あまりに鮮やかな表象(夏!)を惹起させ、あまつさえしみじみとした情感で溢れさせる・・・

地球。それはさながら、ロマンを乗せた舟―


それにしても、セミの声と気だるげな女性の組み合わせは、どうしてああも胸のなかへの収まりがいいんだろう?母や祖母、同級生たちの姿に、幾千回と慣らされてきた僕(たち)の、いまや思い出せない記憶たち。夏を感じことは、そんな胸の奥深くと戯れることでもあるのかもしれない。
21/06/30 16:32更新 / 桜庭雪



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