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どこの国でもない、はるかなる緑の丘から
が鼻をくすぐったから、僕は嫌でも新鮮な世界を感じてしまっていた。鬱屈の沼にまだ身は半分ほど浸かっている感じだけれど、たしかに僕は顔を出して、遠くを行くゆったりとした船を見やっている。そのなかに確たる世界を宿した、大きな豪華客船。

なんの物語をも生きてないような自分の小さな青い目が、異国情緒に溢れたその巨大な船をその内に収めていることが、なんだか不思議だった。

すぐと、胸がざわついてきた。かきむしられるような心地がしてきた。木に背をつけてもたれ座って、目を閉じる。時間が鉛のように重く感じた。ややあって目を開けると、やはり船はまだ水の上を滑っている。「うんざりだ」と、僕は1人ごちた。「本当、うんざり」

僕は踵を返す。この世界の眩さから目を背けるようにして。背に船の気配を感じながら、その存在を消すかのように丘を下っていく。視界に入れさえしなければ船は―ひいてはごった返しているだろう国際色豊かな人々は― 、この世界のたしかな一部分であることを辞めるのだ。

そよ風は相変わらず頬にくすぐったかった。木々の緑が揺れている。慣れ親しんだ草花がいたく懐かしかった。ここからしか自分は歩き出せないのだという思いを、胸のなかじんと新たにした。

このいまは、褐色の肌の女たちの住まう砂漠は夜だろうか?僕は風に問う―君はきらびやかで暖かい星夜に、はるかなる砂地を洗いながら旅をしてきたのかい?いつか僕を乗せて、君の旅した大地へと連れていっておくれ。そして闇より深い黒の瞳をした女性のたくましい肌に、ただ1人歩み寄って触れさせてほしい。そして僕は言うのだ―どこの国でもない、はるかなる緑の丘から来た者ですと。
21/06/29 19:03更新 / 桜庭雪



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