ポエム
[TOP]
昔働いていたa型作業所に顔を出した話
彼女は友達でも恋人でもない。でも僕にとって、大切な大切な人だ。

僕は昔、とあるa型作業所で2年間働いていた。彼女はそこで僕(たち)の支援員をしてくれていた。そしてきのう、僕はその作業所を訪ねた。8月になれば、作業所を卒業して一般企業に就職してから1年半経つことになり、そろそろ顔を出すにはいい頃合いだと思ったのだ。

彼女が扉の奥から歩いてきたのを見るや、彼女がたしかに1年半近くの歳月を生きたのだというその証を、僕は彼女の顔から即座に見てとることができた。溌剌とした活力はやや落ちた感じだったけれど、上品さは増していた。彼女が一歩一歩あゆんでくるごとに、ほのかな愁いが漂ってくるような気さえした。

「ゆっくり腰かけてくださいな」―そう彼女は言って、手のひらを上にして柔らかい椅子を指した。30になろうかという彼女の、洗練された落ち着きが自然に現れ出ているような言葉と所作に、僕は改めて1年半近くの歳月を思った。

所長さんは僕たちを気遣うようにして、僕たちを2人にしてくれるように作業スペースで雑事をしていた。ときどき思い出したようにやって来ては、書類をめくる音を残してすぐと去っていく。

話はあまり拡散せずに、集約的だった。というのは僕がすぐに人間関係の悩みを吐露したので、彼女はそこから離れるわけにはいかなくなったからだ。でもそれゆえ雰囲気は、朗らかに笑い合うというよりは、しんみりとしたやや重たいものとなって、僕も彼女も、話と話のあいだをなんとか継いでいるといった調子になりがちだった。一言でいえば、盛り上がりに欠けていたのだ。

「まあ、すべてうまく行くっていう風にはなかなかならないもんですね」―そう僕が言ったとき、話の終わった空気を察した所長さんが、「帰りはどうするの?送ってこうか?」と言ってくれた。僕は助かった。いかにも、グダグダになってきた空気に耐えられずに無理やり話をまとめました、という感じを、結果として所長さんはごまかしてくれたのだった。

彼女は立ち上がって後ろを向いて、なにかし始めている。「じゃあエンジン吹かしてくるね」と所長さんが出ていく。彼女との話があっけなく終わってしまったことの無念さが、胸に行き場なく渦巻いていた。けれど、本番はそこからだったのだ。

「これもらって、どら焼き」と、僕に渡してくれるや彼女は言った―「あぁ、そうだ、ゲームの話してなかったねぇ」彼女の顔が一気に華やぐ。

僕たちは扉近くにいたのだけど、気がつけば再び椅子の近くに戻って話をしていた。所長さんが戻ってくる。

「○○さんごめんなさい、もうちょっといいですか!?」
「いいよいいよ。じゃあ車のなかで待っとるわね(笑)」

僕たちは再び話し始めた。僕が前に彼女に薦めて彼女がプレイしてくれていたRPGの、そのエンディングの話は、僕たちが別れる間近だという状況と相まって2人の気分を高揚させているようだった。

「続きの作品があるじゃん?わたしそれを調べてしまってさあ。そしたら○○って死んじゃうんだよ」
「えっ、そうなんや?」
「わたし○○推しやったから、読みながらボロボロ泣いててさあ」

彼女は高揚のさなかで、僕に感情をぶつけているようだった。

「そういえば、△△さん(彼女)は××はやりました?」
「あっ、いまやってる!なんかお買い得になってたから買ったの(笑)、Switchのね」
「あれはねえ、序盤の盛り上がりは○○も越えてるかもしれないですねぇ。〜は出てきました?」
「あ、〜?うん出てきた出てきた」
「戦争になりそうだったところとか、盛り上がりすごかったでしょ?」
「うん!この熱さがテイルズだよねって」
「安心の熱さ(笑)」

彼女だって、3分前までは予想もできなかった高揚をいまだ胸に抱えながら、玄関口まで歩いてくれていたんじゃないだろうか。前を歩く彼女は相変わらず麗しかった。けれど、RPG好きの感情豊かな女の子であるところは、いささかも変わってはいないのだ。

玄関口。ついに別れのときが来た。
「××を△△さんがやってくれててうれしかったです」
「ほんとう楽しんでやっております。ユーリイケメンだし(笑)」
「でも、ゲームのなかではそういう扱われ方していないんですよね」
「そこがいいの。さりげなくイケメン、みたいな(笑)」



「また途中報告の電話するね」と、最後に彼女は言ってくれた。また彼女と話せるのだと思うと、僕はうれしい。

こうしていつまでも途切れることなく、彼女と話し続けていくことができることを思うと、目を開けながら夢を見ているような、そんな不思議な心地がする。
21/06/20 08:29更新 / 桜庭雪



談話室



TOP | 感想 | メール登録


まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35c