ポエム
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蛙たちの音(ね)
実家の周りの田からの蛙たちの音(ね)。きらびやかなのにまろやかで、優しい。その旋律に、あなたの哀愁が沈み行く夜の庭。僕は隣からうつむきがちな瞳を眺めては、その美しさに酔いしれる始末さ。

こんな穏やかな哀しみというものがあったんだと、僕は30を越えたこの年になって初めて知りました。少し年上のあなたに、僕は本当に教えられてばかり。

日々世界で起き続ける悲しい出来事に、憤りながらも嘆きながらも、あなたはそれらをつとめて穏やかに受け止めて、そして静かに目を閉じるようにして哀しみに耐える。

他人事でなく、といって我が身に振りかかるときのような切迫した感情も、そこにはない。あなたは知っているのですね。いくら哀しみに暮れようとも、はるか遠くの世界は1ミリたりとも動かすことはできないということを。

そんなあなたにこんなことを言ったら怒られるでしょうか。雪化粧でも隠せないあなたの目の下の隈は、そんなあまたの世界の哀しみが刻まれたものだと。

そして―だからこそあなたは美しいと、この僕は思ってしまう。この世界の哀しみがあなたという女性を象っているのだという夢想に、哀しみたちが厳かなしとやかさであなたへと住まい、そうしてあなたの内からえも言えぬ優しさとなって滲み出ているという夢想に、この胸は、あなたを抱く手は、痙攣するかのような悦びに震えるのです。
21/04/25 17:10更新 / 桜庭雪



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