憂いも哀しみもみな包み込んだ笑顔
霧の中から浮かび上がるような瞳
開かれるたびに朝露が落ちるような可憐な声
掃除の当番表を見ながらシステムを僕に聞く折
マスクで見えない唇からは祈るようにして雫が放たれていき
その一粒一粒が静寂の波紋をゆっくりと広げていくほどに
僕はただ彼女の儚げなまばたきを見つめていた
休憩時間
作業帽を取り黒い髪を下ろした刹那に匂い立ち
更衣室へと向かうその後ろ姿から漂う女の芳香
ここが初めての彼女の寂しそうな
一人で昼食を食べる背中
ときどき振り返ってはその綺麗な肩を見ていた
「また寒かったら言ってくださいね」と声をかけると
「ここは暖かいです(笑)」とパッと明るみながら
マスクを外した右を向く彼女の顎はどこまでも大人で
胸のなかで芽吹いていた憧れは天に昇るかのようになった
―
「いろいろと気を使っていただいてありがとうございました」
そう笑顔で言って、実習を終えた彼女は去った。
その翌日、彼女が支援機関の男性とともに会議室のドア付近で女課長と笑い合っているところに、偶然通りかかった。おそらく面談か何かだったのだろう。
どこまでも優しくて、どこまでも朗らかな、僕には見せてくれなかった笑顔。彼女はこんなに明るい顔も持ってたんだと、僕は驚いた。
もっともっと彼女のことを知りたい。そうしていつか僕も、あのオレンジみたいな笑顔を浴びてみたい。それはたぶん、憂いも哀しみもみな包み込んだ笑顔だ。
開かれるたびに朝露が落ちるような可憐な声
掃除の当番表を見ながらシステムを僕に聞く折
マスクで見えない唇からは祈るようにして雫が放たれていき
その一粒一粒が静寂の波紋をゆっくりと広げていくほどに
僕はただ彼女の儚げなまばたきを見つめていた
休憩時間
作業帽を取り黒い髪を下ろした刹那に匂い立ち
更衣室へと向かうその後ろ姿から漂う女の芳香
ここが初めての彼女の寂しそうな
一人で昼食を食べる背中
ときどき振り返ってはその綺麗な肩を見ていた
「また寒かったら言ってくださいね」と声をかけると
「ここは暖かいです(笑)」とパッと明るみながら
マスクを外した右を向く彼女の顎はどこまでも大人で
胸のなかで芽吹いていた憧れは天に昇るかのようになった
―
「いろいろと気を使っていただいてありがとうございました」
そう笑顔で言って、実習を終えた彼女は去った。
その翌日、彼女が支援機関の男性とともに会議室のドア付近で女課長と笑い合っているところに、偶然通りかかった。おそらく面談か何かだったのだろう。
どこまでも優しくて、どこまでも朗らかな、僕には見せてくれなかった笑顔。彼女はこんなに明るい顔も持ってたんだと、僕は驚いた。
もっともっと彼女のことを知りたい。そうしていつか僕も、あのオレンジみたいな笑顔を浴びてみたい。それはたぶん、憂いも哀しみもみな包み込んだ笑顔だ。