ポエム
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頬に触れるや去っていく
彼女には僕に対して、"いつも店に来る人"以上の感情はないのだと思う。けれどさっき、去り際に「ありがとうございました〜」と挨拶を背中に受けたとき、僕はとてもくすぐったい心地がした。彼女のなにがしかの関心を、そのとき背に感じたような錯覚を覚えたのだった。なにを考えるでもない、一瞬の形にならないような、ほとんど無意識的な関心の芽とでもいうべきものが、彼女の胸に芽生え、そしてすぐと消えた、というような。

同年代だからか、僕の商品をレジ打ちしてくれているときの彼女の所作は、どこか緊張したものに見える(今日は彼女ではなかった)。

19度。春のようなほがらかな大気は、でも、そんな僕と彼女の間の緊迫感をすっかり取り除いてくれたかのようで、僕はほんのりとした心持ちで、彼女のことをそれとなく考える。

彼女はもしかしたら、僕がどんな人間なのか、一度くらいは想像してくれたことがあるのかもしれない。

いずれにせよ―と僕は決めつけるようにして思う。はてない日々の狭間のほんの一瞬だとしても、僕という存在はそのときたしかに彼女を打ったのだと。



ただ人の前に姿を定期的に見せるというそれだけで、僕らはいっときその人の人生に住まうことになる。

でも、たとえばもし僕が転職して(大阪に行きたい!)姿を消したなら、やがて彼女の胸のうちからも僕は消えていくはずだ。

その一連の過程には、いったいどんな意味があるのだろう?

それは、頬に触れるや去っていく一陣の風―
21/02/22 15:21更新 / 桜庭雪



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