ポエム
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「ロマンティックあげるよ」に寄せて
思い出してみるに、高校生のころ、僕は、夜のしじまにしんと張りつめた湖面に佇んでいるようだった。

海ではなく湖としたのは、僕の目は果てのない世界よりも、身近な周りの世界に向けられていたからだ。レンタルビデオ屋で、借りたビデオを持って颯爽と歩き去っていく若い女性(お姉さん!)のヒールの音に、いまだ見ぬ世界の息吹きのようなものを感じていた。

僕は、そんな風に耳を澄ませながら小舟に乗っていて、音を立てないよう静かに静かにオールを漕いでいた。まるで、少しでも力を入れすぎると小舟が転覆するとでもいうかのように。そうして僕は、"そう遠くはなさそうな"周りのさまざまの岸辺を眺めていた。どこに行くこともできそうだと思っていた。でも他方で、なるようにしかならないのだという諦念を抱いてもいた。そんな揺れている自分に、酔っていた。そして結局、僕は何もしなかった。


もっとたくましく
もっとワイルドに
生きてごらん

ロマンティックあげるよ
ロマンティックあげるよ

本当の勇気見せてくれたら

ロマンティックあげるよ
ロマンティックあげるよ

ときめく胸に
キラキラ光った夢をあげるよ


これは、ドラゴンボールのED曲「ロマンティックあげるよ」の歌詞の一部。アニメではこのフレーズが、小学校当時あこがれのお姉さんだったブルマの色々な姿を背景に歌われるのだけど、僕はコックピットに座る凛とした彼女が1番好きだった―あのひたむきな横顔!

そのことを思い出すほどに、僕は思うのだ―高校時代、僕はなぜ"しゃんと"生きることができなかったのだろうと。なぜ彼女のような「ひたむきなお姉さん」を胸に抱き、それにかなうような男になろうと思わなかったのだろうと。

青春は哀愁と仲が良い。だけどそれに浸るのは、がむしゃらに生きる日々のさなかの、ほんの一息の瞬間で十分だ。たとえば教室で遅くまで勉強していると誰もいなくなっていて、不思議な孤独に浸るその一瞬ような。
21/06/18 18:55更新 / 桜庭雪



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